翻刻
【上段】
の有様(ありさま)とて京都各慈善家(けうとかくじぜんか)より車に米(こめ)、餅(もち)、漬物(つけもの)、干肴(ほしさかな)など積み其
組々の幟印(はたしるし)を立て救助に出す三 條街道(ぜうかいだう)七條は其車其の人に連続(れんぞく)
せり伏見街道(ふしみかいだう)も沿路の家は意外(いぐわい)に繁昌して市中見舞品(しちうみじまいひん)を□くの
家品切の有様なり又 義金(ぎきん)をは日々 府庁(ふてう)に集むなと救助(きうじよ)に怠りな
し実(じつ)に古来稀(こらいまれ)なる惨状を目撃(もくげき)したれは之を記して以て世の慈善(じぜん)
家(か)に告く
●滋賀縣下の水害
滋賀縣(しがけん) 蒲生郡大字 安養寺家石亀堤防破壊(あんやうじやいしかめていばうはくわい)為めに鉄道(てつだう)コルベ
ッㇳ破壊線路(はくわいせんろ)約六十間破壊汽車止まる其内橋梁堤防危険(そのうちけうれうていばうきけん)の報続
々達す警部巡査等 視察(しさつ)の為め出張せり(七日大津発)
又(また) 諸川万漲(しよせんまんてう)各郡共に破堤落橋(はくわいらくけう)多く溢流又は湖面満水(こめんまんすゐ)の為め
家屋田畑の浸水尠(しんすゐすく)なからず取分け長浜(ながはま)は殆んど全町浸水惨状 殊(こと)
に甚だし東浅井、伊香(いか)、西浅井(にしあさゐ)の三郡は音信不通(いんしんふつう)昨日來 各地(かくち)に
吏員(りゐん)を派遣(はけん)したるも交通杜絶 目的地(もくてきち)に達し得ざるもの多し湖水(こすゐ)
は今朝九尺五寸 常水(ぜうすゐ)より高きこと六尺四寸五分にして益々増水(ます〳〵ぞうすゐ)
雨尚(あめな)ほ歇(や)まず(八日大津初)
彦根(ひこね) 江州彦核地方にては去八月十九日の夜(よ)より廿一日まで
大雨降(たいうふ)り続き犬上川(いぬかみかは)、芹川(せりかは)を始め其他の諸川(しよせん)とも非常に増水(ぞうすゐ)し
芹川の如きは濁流漲(だくりうみなぎ)り水量凡六七餘合となり同川筋袋町遊郭(どうかはすじふくろまちゆうくわく)よ
り後三 條町(ぜうまち)に架する蛭子橋(ゑびすばし)、安清町先より芹中町(せりなかてう)に架する中橋
町外数橋を押流(おしなが)し堤防の小 破壊(はくわい)二三ヶ所あり而(しか)して諸川(しよせん)の水流(すゐりう)
は何れも琵琶湖(びはこ)に注ぐものなれば為めに湖水氾濫(こすゐはんらん)し沿湖村落な
る磯田(いしだ)、松原(まつばら)、日夏(ひなつ)、北青柳(きたあをやなぎ)、南青柳(みなみあをやなぎ)の内甘呂は畠田とも浸水益々(しんすゐます〳〵)
甚しく農作物の被害(ひがい)頗る多く湖辺(こへん)一体の作物(さくもつ)は本年は秋穫の見
込みなからんと農家(のうか)は何れも憂慮(いうりよ)し居れり
某新聞に記する所に拠(よ)るに遠藤 犬上郡長(いぬかみぐんてう)の家も浸水(しんすゐ)なしたれば
家族(かぞく)を他に移したり同郡長(どうぐんてう)の語る所を聞くに曰く彦根町(ひこねてう)は十日
【下段】
炊出給与(たきだしきうよ)をなせしもの七百五十人十一日は八百人に及びしなる
べし全村浸水(ぜんそんしんすゐ)せしは磯田(いそだ)、松原(まつばら)、北青柳(きたあをやなぎ)にて磯田は千人松原、
【圖中】
彦根町
鉄道 三バン丁 バン丁
本丁 五バン丁
旧城 コシキ丁 四十九丁
中シマ丁 石カサキ丁
ニシばゝ丁 長ソ子
琵琶湖 セリ川