翻刻
豆(づ)と称(せう)するは湯出(ゆいづ)の国(くに)の約言(つゝまり)にして本邦(わがくに)温泉(おんせん)の出(いづ)る所(ところ)頗(すこ)
ぶる多(おほ)しと雖(いへ)とも実(じつ)に此国(このくに)を以(も)て第(だい)一となす而(しか)して熱海(あたみ)
の泉(ゆ)その名(な)尤(もつと)も世(よ)にあらはれ持病(ぢべう)の効(こう)も亦(また)著(いちじ)るしといふ
〇熱海郷(あたみごう)は豆州(づしう)一|国(こく)の東(ひがし)北隅(きた)伊豆山(いづさん)の南(みなみ)日金山(ひがねさん)の東麓(ひがし)に
あり加茂郡(かもごふり)葛見(くずみ)の庄(せう)に係(かゝ)る昔(むかし)は湯河原(ゆがはら)。和田(わだ)。水口(みのくち)三ケ村を
合(あは)せ田額(たか)六百四十三|石(ごく)二|斗(と)九|升(せう)九|合(ごふ)と称(せう)し韮山(にらやま)代官(だいくわん)の治(ぢ)
に属(ぞく)し海山(うみやま)の賦(ふ)は皆(みな)伊豆(いづ)神社(じんじや)の社領(しやれう)たり而(しか)して今(いま)は耕地(こうち)
九十|町余(てうよ)宅地(たくち)十|町余(てうよ)山林(さんりん)一千四百二拾六町余|民戸(みんこ)五百五
十|余戸(よこ)すべて静岡県(しづおかけん)の管轄(くわんくわつ)に属(ぞく)す其地(そのち)三方(さんぽう)に山(やま)をめぐら
し三冬(ふゆ)と雖(いへど)も北風(きたかぜ)及ひ西北風の暴烈(はげしき)を拒(ふせ)ぎ唯(たゞ)東南の一隅(ひとかた)
に蒼海(あをうみ)を開(ひら)き常(つね)に新鮮(きよらか)なる海風(うみかぜ)を受(うく)るが故(ゆへ)に其(その)気候(きこう)温和(おんわ)
にして夏冬(なつふゆ)ともに甚(はなは)だ其(その)寒熱(かんねつ)を凌(しの)ぎ易(やす)しとす正面(せうめん)海路(うなぢ)三
里(り)をへたて初島(はつしま)を翠浪(すいろう)白波(はくは)の間(あひだ)に望(のぞ)みそれより南十数里
にあたり遥(はるか)に大島(おほしま)を水天(すいてん)髣弗(ほうほつ)の際(あひだ)に見(み)る北(きた)の方(かた)小田原(おだはら)駅(えき)
を距(さ)ること七|里余(りよ)其(その)順路(じゅんろ)は伊豆山(いづさん)村。門河(もんがは)村《割書:伊豆相模の国界|なり昔伊豆山東》
《割書:明寺の大門こヽ|に在しと云ふ》吉浜(よしはま)村。赤沢(あかざわ)村。江浦(えのうら)村。根府川(ねぶかは)村。《割書:昔は此村に関門|ありて旅人を警》
《割書:察し前後道路険隘或は海岸岩石磊落の間を歩し或は懸崖危峯を渉り|行路甚た困難なりしを近年官民協力して新道を開き車馬往来の不便》
《割書:を覚へさる|に至れり》米嚼(こめかみ)村。石橋(いしばし)村。《割書:治承四年八月源頼朝大場景親と戦ひ佐奈|田與一義忠及其従僕豊三の戦死せし處な》
《割書:り路傍に與|一の祠あり》早川(はやかは)村を経て小田原に達す西の方|三島駅(みしまえき)へ五里
日金山(ひがねやま)の一峰|熱海峠(あたみとうげ)《割書:此路また近年車道を開|きて往来し易からしむ》を越え踰(こ)え軽井沢。鬢之(びんの)
沢(さわ)。平井(ひらゐ)《割書:是より北条に|赴く岐路あり》大土肥(おほどひ)。八溝(やみぞ)。大場(だいば)を経(へ)て三島に至るを順(じゅん)
路(ろ)とす《割書:又日金山の絶頂十国峠を|踰て箱根に至る道あり》南の方伊東港(いとうみなと)に至る行程(こうてい)五里