翻刻
ち俗(ぞく)に謂(いは)ゆる湯中(ゆあたり)これなり蓋(けだ)し温泉論(おんせんろん)を案(あん)ずるに温泉は
固(もと)より衝動(せうどう)。鎮静(ちんせい)。排泄等(はいせつとう)の種々(しゅ〳〵)の直接(じきせつ)なる作用(さよう)をあらはし
又|間接(かんせつ)には専(もっぱ)ら変質(へんしつ)の効用(こふよう)あるもなれは若(もし)誤(あやまつ)て俄(にわか)に多(た)
量(れう)を服(ふく)し或(あるひ)は一|時(じ)に数回(すたび)入浴(にうよく)するときは忽(たちま)ち浴熱病(よくねつびやう)《割書:即ち|湯あ》
《割書:た|り》を発(はつ)し食欲(しょくよく)減損(げんそん)。衰弱(すいじゃく)過度(かど).。脈行(みゃくこう)頻数(ひんさく)。皮膚(ひふ)乾燥(かんそう)。発熱(はつねつ)。眩暈(げんうん)等
の諸徴(しょてう)を来(きた)し又ブンドラシアセルフリスと称(せう)する浴疹(よくしん)を
発(はつ)することあり而して俗説(ぞくせつ)に之を治病(ぢびやう)の効能(こうのう)をあらはす
の初徴(しるし)となすもの多(おほ)しと雖(いへ)ども是(こ)れ決(けつ)して然(しか)るに非(あら)ず故(ゆゑ)
に若(も)し此(かく)の如(ごと)き證徴(せうてう)を認(みと)むるときは且(しば)らく其(その)入浴(にうよく)或(あるひ)は内(ない)
服(ふく)の数量(すれう)を減(げん)し又(また)数日間(すじつかん)全(まつた)く停止(ていし)すべしと而して予(よ)この
泉(ゆ)に浴(よく)すること数旬(すじゆん)且(か)つ諸浴客(しょよくかく)の経験(けいけん)せし所(ところ)を聞(き)くに十
中の八九は皆(みな)この泉(ゆ)に浴(よく)すること両三日(れうさんじつ)にして飲食(いんしょく)頻(しき)り
に進(すゝ)み殊(こと)に渇(かつ)を催(もよ)ふすこと甚(はなは)だしく而して凡(およ)そ一|週間(しゅうかん)を
過(すぐ)れば飲食(いんしょく)の量(れう)はしめて本(もと)に復(ふく)し病症(びやうせう)は稍(やヽ)量(おも)きを加(くわ)ふる
に似(に)たり故(ゆへ)に俗説(ぞくせつ)に曰(い)ふ第(だい)一|週間(しゆふかん)に病(やまい)を出(いだ)し第(だい)二|週間(しゆふかん)に
病(やまひ)を治(なほ)し第(だい)三|週間(しゆふかん)に疲労(つかれ)を補(おぎな)ふと是(これ)また此地(このち)数(す)十百|年来(ねんらい)
の経験(けいけん)に係(かゝ)る所(ところ)なれは記(き)して以(もつ)て浴客(よくかく)の参考(さんこう)に供(けふ)せざる
べからず
○湯戸(ゆこ)
湯戸(ゆこ)昔(むかし)は客屋(きやくや)と称(せう)し今井(いまゐ)渡邊等(わたなべとう)二十七戸を限(かぎ)りその業(げふ)を
営(いとな)みたりしが今(いま)は自由(じゆう)に官許(くわんきよ)を得(え)て博(ひろ)く四来(しらい)の浴客(よくかく)を宿(しゅく)
泊(はく)せしむることを得(う)る之を温泉宿(おんせんやど)と云(い)ふ其数(そのすう)都(すべ)て二十九