茨城大学図書館所蔵資料を翻刻

コレクション: 大高氏記録

巻11 文久甲子年 日記帳 - 翻刻

巻11 文久甲子年 日記帳 - ページ 62

ページ: 62

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 野口辺二日方ニ打こわし有之候よし飯田ニ  而も三日ニ庄屋を打こわし候よし  村々より白鉢巻白たすき竹鑓を持百人百五  十人弐百人位ツヽ日々御城下江罷出候事引  も不切御評定所迄出候よし  廿六七日方ニ下町年寄加藤又衛門諸生之御  方ニ而御召捕御評定所江参り候よし  上金町年寄塙弥左衛門は下町辺之御屋敷ニ  参り長持之中ニかくれ居候を諸生之御方召  捕御評定所江参り候よし塙は長持之中ニ居  候節長持之外ゟ鑓ニ而被突きづを受候よし  三ツ橋半六と申屋敷之由  上金町富田太惣次は逃候よし  馬労町家抱屋介十も逃候よし  青物町軍司藤 四(カ)郎も江戸へ登り候よし  七月廿五日合戦前ニ日はいつのころニ候や  吉田明神大石灯籠有之候所何之次第も無之  節上の笠《割書:かけ落   |候よし 》ニ而皆不思儀ニ思ひ居候所  右之騒動有之候よし  又八月朔日ニ吉田大杉弐本風も無之ニかへ