翻刻
是を見るより善左衛門家内のものも漸〳〵に
心を慥にもち直し人は皆〳〵斯社【こそ】あるになとか
其侭焼捨なん一品なりとも出すへしとて
我家の際まて行ては見れとも塀は倒れて
道をとち隣家は潰れて路次をふさき近
寄事も容易(本ノ)【「マヽ」ガ脱字。「本ノマヽ」】或は震ひあるひは鳴動
千辛万苦の思ひにて漸〳〵一品二品を手に
携て逃出し一丁有余も隔りし青麦菜
種の田畑さへ諸人の騒動厭ひもなく踏あらし
ては仮居をまうけかゝる急難変災なれは小屋
かけすへき用意は更なり屏風格子戸襖
障子有合ふものにて囲しのみ屋根も同しく
手当り次第命から〳〵持出せし荷物は其
侭積置て畳板戸を雨覆ひ日除ケ成る時節に
到りては欲は素ゟ始末も出来す此上如何なり
ゆくものと狂気の如く狼狽けり然るに午の刻
過にこしろより権堂後町へ一やうに火移り
盛んに然【燃ノ誤字カ】立明行寺大門先まて焼下る事
眼たゝく間にして左右へ吹かけ又下た町へ
焼下るといへとも逃たりし諸人は壱丁余有も離れし