翻刻
田畑の中に小屋掛し荷物を持運ひ或は
怪我人あるひは煩ひを介抱し小児老人を
いたはりたゝ〳〵狼狽さまよふのみには
今社【こそ】我家に火の懸るなれ其次社【こそ】我家なれ
といふのみにて焼失する事を壱人として
驚くありさまもなくさなから是を
防とゝむるの咄しもなく煙火の中の家の
むねをこゝよかしこと指さしつゝ狂気の
如くまた気抜の如くなれるもことわりなり昨
夜亥の刻掛る変災の大なるは前代未聞の
事共にて手足を労し身魂を悩まし千辛
万苦のみならす精魂を痛ましめ心を砕し事
実に尤父母妻子には夢うつゝの如くにして
長く別れ死骸たに其あるところをしらす
して火宅の苦患を受るもの其数幾千万と
いへとも是を問ひ音信するものもなく一日
一夜潰れ家の下にあり気力を痛め
漸〳〵に堀出されて一命助り始て是を見るに
夥敷怪我あるといへとも医療の便も更に
なく身体紅に染り背負はれて野中に