翻刻
火は南にもえ行適残りたる家あり
ても迫り返りては焼失し風替りては
残りたるを焼亡し戌の刻比に到りて
俄に風替り未申の方より丑寅のかたへ
向ひて大風烈しく暫時に善左衛門か家に
火を吹かくる事夥敷火煙り霞のことく
空によこたはり三輪宇木之辺まて火の
粉恐しく連なり始終火中にありて
一段の類焼は遁るといへとも俄に風替りて
不残り家を失ひけり折しも一天曇り
風雨はけしく田畑に小屋懸ケしたる者多
しといへとも誰ありてか風雨の凌を整ふものも
なく家潰れさるものは戸棚箪子なとを
囲にして其うへに障子唐紙抔を并らへ
のせて日覆にし倒れたる家には戸棚
箪笥も打砕て囲ふへき品もなくこわれ
たる障子をれたる襖をからけつけてたはね
藁をうちかけしのみなりいつれの小屋も
斯なれはおのれか小屋より一足踏出しては
おのれか小屋に帰る事を見失ひ取散し