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鎮守の禿倉或ハ数寄屋抔ありしが極先へ吹落候其外
大木の椎の木なと吹折て予が宿したりし座敷の軒へ
かゝるなといかにも危き事なれハ家内も着替なとし予も
踏込着用立退可申段ニ成風も和らきし故立退もせさ
りしか翌朝は往来松並木数十本吹倒候前後へ往
来成立無拠滞留せしか戸塚ゟ藤沢まて二里の間
に弐百十本吹倒候御届せしと語りしか是は枝折レ甚し事
と見候予か数へ見候に吹倒候大松四十六本二里之間に
見へ候か大造成る松故人馬共に往来ならす漸二日めニ人足
のミ通るやうに成し馬駕籠は横道へ入漸藤沢へ出たり
しか馬入川酒匂川洪水ニて藤沢大磯も滞留やう〳〵
江戸を立九日目に小田原へ着たり其筋荒も大荒ニて
箱根山中ゟ伊豆へかけ夥敷人家潰道損候も有之
道中筋橋々ハ多分落たりしか今度の荒ハ駿州ゟ
三州まてハ又其時之荒よりハ甚しかりしと見ゆ間もなく
かゝる荒にて人家田畑の損失思ひやらるゝ事也
一文政十二年丑三月廿一日江戸大火之次第方角場所付
合印 御上屋敷□ 御中屋敷△ 飛火〇
土蔵之数凡八百二三十ケ所橋之数凡八十五ケ所程
御救小屋常盤橋外ニ一ケ所神田橋御門外弐ケ所
数寄屋橋御門外壱ケ所幸橋御門外壱ケ所八丁堀二ケ所
見て猶咄ニ聞さへさも恐きハ去三月廿一日朝四ツ半頃より西北