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翻刻
木崎原合戦事
一倩世間の現相を観するに積善の家には余慶有積悪の
家には余殃有尤可慎は此道也爰に大隅薩摩日向三ケ
国の大守島津修理大夫義久公とも申奉るは忝も清和天皇の
御苗裔鎌倉の征夷大将軍源頼朝公御子左衛門尉忠久
公より十七代の嫡孫也文武二道の名将にて上を敬ひ下を
撫仁義正しくましませは靡ぬ草木はなかりけり御舎弟兵庫頭
忠平左衛門尉歳久中務大輔家久迚何も文武の名将たり
家の子郎等にいたる迄誠に忠勤を励ませは古今稀なる御果
報也近国のもの迄も羨さらんは無りけり是は扨置是に大
職冠鎌足の御末伊豆国の住人伊東入道寂心の末孫に
伊東左原大夫義祐とて弓取一人おはします日向国 都(ト)ノ郡に住給ふ
其心飽まて不敵にして仁義の道を学はす下を憐む心なく我
心に任せてふるまへは恐れんものともなかりけりされは古への詞に
も君臣を見る事手足の如くする時は臣君を見る事
腹心のことくす又曰義に隨ふ時は聖也君に隨ふ時は賢也
然るに義祐道にたかひし有様を譜代よしみの家臣共諫言
するといへ共曽て用る事もなく却て疎み遠さかる心の内等
も浅間しけれ大欲心の余りにや大隅薩摩に発向し我三ケ国
の主と成り子孫の栄花に盛へんと明暮方便をめくらし給
へと飯野の城には兵庫頭智仁勇の三徳を兼備堅く
警固をし給へは小勢にては中々叶へき様はなかりけりさらは求