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摩の相良に加勢を請んと家の子に伊東加賀守祐安を近
付事の子細を言含め相良か方へと遣しける求摩にもなれは此由
斯と申ける相良頓て対面し必加勢申さんと左も御早く
返答し先首途に祝んと酒を様々に進め金作の太刀を
一振加賀守にそ引たりける祐安悦喜限りなく約束かたく相
極日向をさしてそ帰ける義祐大に悦て家の子郎等相集め
評定取々也爰に野尻の城主福永丹波守祐朝といふ者有
仁義を守勇士にて少しも憚る処なく進出て申けるは誠に
愚案をめくらし候に嶋津殿と申奉るは忝も清和天皇の御
末多田満仲より以来弓箭の家に誉を取政道かしこくまし
ませは御家の家臣に至迄数代好身を不忘皆忠勤を
励し心を変さる者とては稀にも不聞処也大敵の強敵也御当家
の兵共と申は譜代の士少して皆方々の仮武者也誠に相良の
何某は人かはしらぬ心の表裏人と承る無二の味方と云かたし
小勢を以て強敵の国に働給はん事蟷螂の斧を以て立車
に向うの譬也事新敷申事には候へ共御先祖祐高公は嶋
津の豊久を御聟に取給ひ其御威光を以日向土党を
討平けか様に栄花に盛り給ふ是偏に島津殿の御恩
也恩を得て恩を知んは木石にも相同しさそ佛神三宝
もにくしと思しめさるへし我々共か所存の処は島津殿の御旗
下に成給て九州不残嶋津殿の御手に入へき御計策を
被成先陣の御働忠義を尽させ給ひなは二ケ国も三ケ国も