翻刻
忽然とかの山を生し其名を宝永山と号す則
文字にもたからなかき山と読つらねたる古事も
今のなけきにくらふれば実に雛形に事ならす
只こと六□アレ鳴は響くはとあつて□□地震じゃ
の雷しゃのと早飛脚を以訴へましたは三ケ津
ては江戸斗善光寺へ御参詣の折節か又は草津
え湯治ニ而も御出被成候節は御立寄被成まし
必山違を被成ますな御出掛ケなら右り之方御戻り
ならば右之方八方は八ケ峯続前は三ツ峯
谷を隔て咄ニはきく切もなく不断焼ます
れとも此節は前代未聞きひしい大焼て厶り
ます最前はなしの高慢斗申て
被成候義なき候ては正銘は罷入丸焼知らぬが
仏さらは一里ツゝ御戻り被成くわしい咄を被成ま□い
第一炎の匂薫芬と烟にひつしを生シ幸に河屋
またすコウ一足踏出しては道中の苦しさか
格別なものソリャ〳〵鳴て来るhは〳〵拝盆前盆後
節季其外の宿なく怪我さんしょ子供の泣
声〳〵こなたの子供もみなみちん貴様の御客も
こなみちん我等かお客も川流利根川に泥のう
大怪我小怪我あの欲の大声は誰か欲そぶく〳〵〳〵〳〵
〳〵三ぶく〳〵合さてぶく〳〵六ぶく〳〵向の山から
吹出すあれはなんの吾妻山の真黒くろの泥熱湯
タアもこぼつて又こぼつてタボタボ煮ても焼ても
喰物所の中にも当時の和尚様は腕首つんざき
御弟子の死しゆる仏の来光腰元ふ去にふ断は