翻刻
かんきん定而後生はうどんか急どんな九品の蓮台此方ハ
此節こざらぬ仕合辷て転んてゆいとを摺むく三リ
斗か小砂の降うち七ツ起して能々迎のひ大きに
気ぐらふ老若男女貴賤高位の隔てなく行衛
逵に流行アレあの死骸を見て御心を臆セすあまた
のことなし見損シないとは申されまいまい〳〵つふり
手を出シ方〳〵あたため立木は枯こぎに家蔵家
財は臼杵摺鉢ばち〳〵どろ〳〵くる〳〵と山か
崩れて御怪我の方々根を浮へにやならぬあけねハ
ならぬと引ずり引はり西方浄土のあミた如来も
御救ひあれと等々敬て白す
同七月十四日上州高崎城主松平右京亮殿ゟ届
私領分下総国海上郡銚子当月六日明ケ六時
より細かなる焼砂降申候処又々焼砂降続
時々鳴響有之闇夜の如くニ而弥降強同八日
昼八半時頃凡ニ三寸程降積村々田畑一面に
砂冠ニ罷成申候段彼地ニ差置候家来の者より
申越候尤損毛の義は未相知不申候先此段
御届申上候 以上
松平右京亮
七月十四日