翻刻
膳のうへはありしむかしにかわらねと
食喰ふ人の内そゆかしき
と続て奉り御終はいしくも仕たりとヲて
貧乞食集にの替られて我等
十月八日牛込神楽坂上ニ而敵討之由次第左之通
表裏町
松平内匠知行所
下総国相鳥郡
早尾村百姓庄蔵倅
富吉
卯 廿八歳
私親庄蔵儀拾七年以前酒狂之上同郡同村百姓甚内と
申者ニ被殺候其節旦那寺村役人相談之上右甚内出家
致させ候処ニ半年程は右躰ニ而罷在候而寺を欠落仕
髪を立大小抔指候而右村え立帰り色々過言いたし候ニ付
其節は富吉拾四才ニ相成物心も覚候間甚残念ニ存
成人之上家を弟に譲り置尤敵を尋候と申候而は
弟共ニ一同ニ罷出度由申候ニ付江戸表ニ奉公稼可罷出候旨