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【右ページ白紙】
【左ページ上段】
く。見す〳〵類焼(るゐせう)の災に罹(かゝ)りたる者も多(おも)き由(よし)にて。有志者の内
には。特に此等の巡査に配分したしとて。金員を義捐したる向き
もあれば。同署長は。右受納方に関し各罹災巡査に訓示する所あ
りしとなり。
一御下賜金は市の広告により届出でたる戸主に対し平等(ひやうとう)に分(ぶん)
配(ぱい)する事(こと)。
一有志者の義捐金は同広告により届出(とゞけい)でたる者の内土地所有
者を除(のぞ)き左の標準(へうじゆん)により分配し総て戸主に下附する事。
一総集金全額(そうしふきんぜんがく)の六分を戸主に分配(ぶんぱい)。
一同四分を家族の人頭に分配(ぶんぱい)。
一他所の者にして該火災の為め死亡し救助(きうじよ)を願出(ねがひで)でたる者に
対しては御下賜金及び有志者義捐金共前項に準(じゆん)し分配する
事。
●義捐金分配割及び分配期日
各有志者より寄贈(きそう)したる義捐(ぎえん)金の分配方法を聞くに。戸数六分
強人口四分弱の割合(わりあい)を取り地主四十九戸には。分配せざること
に決したるが。去月三十一 日迄(にちまで)に集(あつ)りたる総金高は。六万五千
〇五十六円四十四銭五厘にして。内一千園は。罹災者避難所(りさいしやひなんじよ)の
諸入費に費消したれば。残金六万四千〇五十六円四十四銭五厘
の六分強即ち三万八千四百七十四円十銭を罹災戸数三千五百四
十六戸 (地主四十九戸を除く)に割り四分弱則ち二万五千五百
四十三円三十五銭を。人口一万〇百十七人 (地主家族二百十人
を除く)に割れば。一戸十円八十五銭、一人二円五十五銭の所(しよ)
得(とく)となるべく。而して尚ほ総金額より三十八円九十九銭五厘を
余(あま)す勘定(かんじやう)となるを以て。這は罹災当時焼死したる者の遺族(ゐぞく)に分
与することゝなす。又御下賜金は地主と否とを問はず。一戸に
付九十七銭宛分配する筈なれば。以上合計すれば。一家族平均三
【左ページ下段】
人家内とすれば。二十一円六十銭の受前となる勘定なりと。
右の如く分配方法(ぶんぱいほうはふ)及び分配割等(ぶんぱいわりとう)も出来上りたれば。市役所にて
は。各罹災者に義捐金分配方の通知(つうち)をなし同時 湊座(みなとざ)に収容され
居る罹災者十三名へは。分配割の金額を払渡し。同座収容の期
限満ちたるを以て。直ちに一同を横浜市救護所に移すよしな
り。
●避難所 (挿画参看)
横浜市役所及び警察部横浜商業会議所等にては。同夜 緊急(きんきう)の召
集を為し。罹災者(りさいしや)の避難所 撰定(せんてい)に関し協議を凝(こら)せし末(すへ)。取敢(とりあ)へ
ず左の六ケ所を以て之に充てたり
横浜小学校。横浜商業学校。老松小学校。寿小学校。元町小
学校。太田小学校
斯くて市役所(しやくしよ)にては。類焼地附近(るゐせうちふきん)の辻〻へ右の掲示(けいじ)を出せしか
ば。翌朝午前十時頃迄には。横浜小学校へ十二人。寿小学校へ
八十九人。(負傷三名)。老松小学校へ九十七人。太田小学校へニ
十八人。横浜商業学校へ八人の申込ありて。其後 増加(ぞうくわ)する模様(もやう)あ
るを以て。更に平沼小学校蓬莱町美以協会を以て之に充てたり。
又高島嘉兵衛氏は。自己所有の劇場港座(げきじやうみなとざ)を以て。臨時避難所に
充てられたき旨を申出しにより。総計九ケ所となりて。同夜収容(どうやしうよう)
せし避難人員(ひなんじんゐん)は左の如し。
寿小学校 家族三十一 人員百ニ十人 (内微傷四人軽傷四人。
平沼小学校 家族十六 人員六十六人。
太田小学校 家族七 人員三十人。
老松小学校 家族三十三 人員百二十四人 (内負傷者六人)
病者十人)。
横浜商業学校 家族四 人員十七人。
横浜小学校 家族十 人員五十三人 (産婦一人)。