翻刻
【上段】
《割書:明治三十|二年八月》各地災害図会《割書:風俗画報臨時増刊|明治三十二年九月廿八日発行》
○論説
●防火論 山下重民
狂颷地を巻き積埃天を蔽ふの際に当り。猛炎一たび人家櫛比の
市街に発すれば。則ち千楹万柱立ろに灰燼となり。奇什珍宝直
ちに烏有に帰するのみならず。忽ち焦頭爛額の人を出し。甚し
きは茶眦の惨禍に罹る者あり。其の災害の広くして且つ大な
る。豪盗巨賊の比にあらず。是を以て余輩は深く戒慎する所あ
り。三十年五月八王子大火の際。慎火論を草して徴爝点燐も尚
ほ之を慎むへきを説き。又昨年末より本年に渉り。江戸の花を
編し。尋きて東京消防団会を撰して。三百余年来当地に起りし
火災の実況と。消防制度の沿革を詳記し。曲突移薪の微衷を尽
して。以て将来の一大警鐘に充たりき。然るに今復た横浜及び
富山両市の大火災に会遭す。余輩何そ緘黙して記者の責任に負
くべけむや。
夫れ富山市に於ける今回の災害は。十八年の大火よりも其の惨
状一層甚しく。焼燬十二時間に達し。県庁学校を首め重大なる
建造物を燼滅せり。何を以て延焼此に至りしといふに。当夜の
烈風はいふまでもなく。屋上の構造寒地の常として燃質物の多
かりしと。溝渠の南北に貫通せしに拘はらず。消防夫の自家を
憂ひて奮励せざりしに因れりと。而して焦原中四戸の全存せし
を見れは。皆其の構造の堅牢なるものなりしといふ。以て家屋
構造の防火に関する切要なるを徴すべし。同市消防夫は。東京
に比して直ちに其の勇気なかりしを責むべからずと雖も。竊か
に伍伴を脱して帰りしといふに至りては。其の職務に怠慢なり
【下段】
し罪を問はざるべからず。又市役所に於ては。二三里若くは五
六里を馳せて。郡部より来援せる消防夫に給する飲食の準備な
かりし為め。十分の動作を為すこと能はざりしとぞ。十二時間
に渉れる大火にして。吏員の機敏を欠きしは遺憾なりといふべ
し。
横浜市大火の際の如き。水道の給水適々断絶の時に当れるを以
て。平生準備せし消火栓も其の効を奏せさりしのみならず。防
火に必要なる蒸気喞筒は。元居留地に一個ありしのみにして。
他には準備なかりきといふ。其の緩慢の状驚くに堪たり。而し
て清水某の如き。東京に打電して消防夫を急招し。猛火の中に
於て遂に其の家を全ふせり。嗚呼文明の利器其の功を奏せずし
て。江戸時代の遺伝消防法却て有功の証跡を留めたるは豈に奇
怪ならずや。是れ全く消火栓にのみ依頼して。夏時断水の時あ
るを忘れたるに因るのみ。請ふ是れより防火に関する枢要なる
事項を論せむ。
余輩は両市火災の実況を聞て大に感する所あり。左の数項は防
火に関して欠くべからざるを認めたり。
第一 市区の改正
第二 家屋の改造
第三 給水の準備
第四 消防器具の整備
第五 消防夫の奮励
第六 火災保険の改善
火後第一に起るべき問題は。市区の改正なり。従来我か国の市
街は。初より其の区割を正し。其の便利を図りて設定したりし
者は甚た稀なり。多くは人口の増加するに随ひ。漸次拡張せし
ものなるを以て。後より顧みれは。区画正しからず。便利又欠