翻刻
【上段】
死骸新雑喉場(しがいじんざこば)の岸へ流れ寄りて引上げ、男佐馬は丸山附近に浮
き上りたり、父の三年忌に斯(かゝ)る不幸(ふかう)に逢ひたるこそ哀れなれ、
生母は、当時帯屋町に住居したれば、其の家へ男佐馬貞衛兄弟
の死体を引取りしが、其雇主(そのやとひぬし)(硝子製造所)は気の毒に思ひ直
ちに二人の埋葬万端(まいさうばんえん)を為したるより、町内にても本山忠次、高
田秋穂其他四名か発起となり、同町二丁目の医師町田、織田、
片山の三氏其他諸有志者より金四円三銭を取集め、吊慰の為贈
与したるより、母親も之に力を得て香花(かうはな)など買とゝのえ跡懇(あとねんご)ろ
に吊(とむら)ひ居るとは聞くも涙の種といふべし。
▲死骸浮ぶ 前記二名と共に溺死を遂げたる硝子製造所雇人安
芸郡室戸村伊三郎長男篠原友太郎 (《割書:十| 四》)の死骸も亦農人町水上警
察署の裏手なる堀川(ほりかわ)の眞中(まんなか)へ浮ひ上りたりと。
▲親子三人命を助かる 土佐郡潮江村新田に土居虎吉 (《割書:四十|一》)と云
へる者あり、妻は目下懐妊中(もくかかいにんちう)なるが、三人の子供ありて、長男
は十二歳次は九歳と五歳の女子なるが、長男は先日負傷して
歩行等自由ならず、左れば彼の大風の折(お)り、家(いへ)の危(あや)きを覚悟し
虎吉は先づ長男を携へて出で、妻は二人の女子を左右に連れて
駈け出す一刹那忽ち家屋倒れて妻は二人の女子と共に屋根に伏
せられけるか幸(さひはひ)にも棟木(むなぎ)は頭(あたま)の上まで来りて、身を圧せねば、
二人の子供を我が下にかはひ、声(こえ)を限(かぎ)りに叫びけれど、救(すく)ひ呉(く)
るゝ人もなく風雨の烈(はげ)しきに連れて、屋根は次第に圧し来りて
苦痛堪(くつうた)へ難(がた)かりしも。能く之を凌き居たり。兎角して風も凪ぎ
ければ、虎吉は迚も助かり居る事は六かしからんと思ひしに妻
は二 人(にん)の子供(こども)を下(した)に構(かま)ふて、恙なく居たるにぞ夫婦喜ひ一方な
らざりしと。
▲家倒れて小児圧死す 帯屋町上二丁目の角宿屋片岡方と、其(その)
東隣(ひがしとな)り諸品小売商西山松次郎とは、旧佐川邸(きうさがわてい)の物見長屋に修繕
【下段】
を加(く)はへて共に住ひ居りしが、固より古家(ふるいへ)の事なれは同夜八時
過ぎ両家とも同時に潰れたり、松次郎の女房お亀は、三歳の男子
を抱(いだ)き走り出んとする途端(とたん)落ち来る軒(のき)に伏せられて思はず小児
を取落(とりおと)したるを、跡(あと)にて人々の知る処ろとなり、お亀を助け子
供を捜(さが)しけるにあはれや、子供(こども)は頭(あたま)を砕(くだ)かれて、死し居たりと
ぞ。
▲電燈線に触れて死す 大風(おほかぜ)の折から桝形(ますがた)の煮売屋南駿馬方に
ては女房(ねうぼう)が座敷に釣り下げたる電燈(でんとう)の釣紐を持ちて他の間へ行
かんとせしに、若し濡手 (電燈は大に水を忌むものなり。)にて
もありたるものか、忽ち電気に感染(かんせん)して、全身麻痺(ぜんしんまひ)するや、亭
主の駿馬は、女房の身を引き除けやらんと、イキナリ其の身体
に手をかけゝるに是亦同様 感電(かんでん)して、身体不随となりければ、
雇女のイチエ(《割書:十| 九》)といふが、主人の大事と走り来りて其釣紐を
掴(つか)むや否や、電気はイチエの身に集(あつま)りて、駿馬夫婦は身の自由
なるに至れり、因て駿馬は料理人を呼んで出刃庖刀(でばはうてう)を持ち来ら
しめ、其釣紐(そのこーど)を切断(せつだん)せしめけれども、兎角する内に手遅くれと
なりしものか、イチエは遂に絶息したりとはあはれといふべし
因(ちなみ)に云う、イチエの釣紐(こーど)を掴(つか)みし処(とこ)ろは手の指に黒焦けの線を
現はし、又女房料理人ともに手に同様の焼け痕を留め居れりと
偖て同夜風の凪たる後中島町高知座の木戸前に一人男の斃死(へいし)し
居るを見出し同町前田医師の門内に舁(ひつ)き込み身体(からだ)を検(あらた)め見るに
一点の創だもなく只腹部臍の上に横に一寸五分ばかり紫色の焼
傷の如きものあり、前田医師は薬を注ぎ込み、尚ほ人工呼吸な
ど施せしかと、其効(そのかう)あらざれば、直(ただ)ちに警察署に急報して、警
官の出張を乞ひ検証の上身元を調べ見るに、同町宿屋寺内方の
止宿人某と分かりけるが、其死因(そのしゐん)に就(つい)ては種々の説あれども
全身創なきと云ひ斃(たほ)れ居たる場所(ばしよ)に高知座(かうちざ)の壊倒と共に切断せ