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【右丁】
厚志を追思して哀悼曷んそ堪へんや仍花香を
奠し其霊魂を慰す尚餐よ
明治十八年三月十日 正二位勲二等松平慶永
【左丁】
「矢島禹年
初恕介
明治十九年一月十五日新聞」【「」内墨書】
【新聞切り抜き・上段】
○故立軒先生追善會 一昨十三日は午後三時より豫期の
如く同先生の存稿刻成の披露(ひろう)をかねて追善會を令嗣洵一
氏か催主となりて行はれたるか樓上正面の床頭には故先
生靈位として曾て我が春嶽老公より同先生在世の頃その功(こう)
績(せき)を謝(しや)して賜(たま)はりたる御書面の軸を掲(かゝ)げらるその文に曰
く
余以不肖ノ身侍讀ヲ命セラレ帝鑑圖説 御親■【讀ヵ】十八史
畧講釋侍 天前近來 皇上勵精圖治御學日日增進臣
等歓抃之至リニ不堪候折々 勅同不顧駑鈍奏對余侍講
筵勅答スコレ余カ力ニアラス汝多年教示スルノ恩ナリ
コレ余汝ニ謝ス不宣
嘉平月十四日 正二位行大學別當兼侍讀源慶永印
この前へ則ち新刊の立軒存稿若干部を供へられ他には一
物を供へられすたゞ一縷の清香を薫(くん)せられしのみ蓋(けた)し先
生在世の時の淡白を追想(つひそう)せられての事なる可し席上には
【下段】
揮毫(きごう)の席も設(もふ)けられ來會の諸先生が祭靈若くは懐古等の
詩文を書せらるゝの便に供(きやう)せらるかくて來客の揃ひしこ
ろ先生の舎弟平格君か遙かに東京より寄 られたる祭文
を當日來會の親戚(しんせき)某氏(ぼうし)か朗讀(ろうどく)せられ令嗣洵一君の祭文■
あり來賓亦【等ヵ】の禮拜捻香 畢(お)は 宴席(ゑんせき)■爲る先生在世の物語
又は■の遺德(ゐとく)なと追想(ついそう)し歎唔(たんご)十分 頓(やが)て午後九時頃 退散(たいさん)せ
られたり當日來會の衆賓には催主矢島洵一およひ先生の
令甥矢島轍同親戚平瀬儀作三氏の外■■舊藩文學に從事
せられたる諸先生にして小林有作富田厚積芦田碩八田享
山本鑑一高田通義大谷如水大平寛等の諸君なり山本木齋
老人も招請(せうじやう)を辱(かたじけな)ふさせし由なりしも折ふし臥病にて不
來本社の山本鏘二も社務 多忙(たぼう)の爲め遺憾(ゐかん)なから欠席(けつせき)せり
平格君の祭文は有稿刊行の次第を十分に尽(つく)したれば左に
掲(かゝ)くその餘祭文詞文は次號より逐次(ちくじ)掲(けい)■(◼い)【随ヵ】すべし
矢島 剛