翻刻
給ふといへ共六拾四坊も不残焼失ありて■なること
となり有しに中興御当代になり又々諸堂御再興あ
り御寺領三十俵一山御寄付有といへ共往古の百の其一に
して塔司とても漸極楽寺とて一宇あり然といへ
とも境内近里に大師御旧跡は残り有て有かたき霊
地也中にも吼木五鈷の桜有大師御影移し像
を刻み給ふ鏡の池あり大師閼伽の谷水を毎朝汲
ふ時の座具懸袈裟懸の杢有衣躰坂弥勒堂
薬師堂稲荷社山王社諏訪抔とて大師勧受の社有
大師植給ふ下馬桜とて弐ヶ所にあり又唐渡の産
千年草とて外に生せぬ草ありて料理にして
不断寺中喰する也高野の万年草此山の千年
草とて名物なり其外宝物霊物多し本尊大日如
来阿弥陀如来釈迦如来の三尊は善無畏(センムイ)三蔵天丘
伝来の師にて大師此山開基以前ゟ此所に侍給ふ
尊像にて平生開帳あたわず七年の忌に当たりて
開帳有奇瑞多き霊像也聖徳太子作の地蔵行基
作の不動尊二王尊其外作仏多し中にも大師