能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 19

ページ: 19

翻刻

給ふといへ共六拾四坊も不残焼失ありて■なること となり有しに中興御当代になり又々諸堂御再興あ り御寺領三十俵一山御寄付有といへ共往古の百の其一に して塔司とても漸極楽寺とて一宇あり然といへ とも境内近里に大師御旧跡は残り有て有かたき霊 地也中にも吼木五鈷の桜有大師御影移し像 を刻み給ふ鏡の池あり大師閼伽の谷水を毎朝汲 ふ時の座具懸袈裟懸の杢有衣躰坂弥勒堂 薬師堂稲荷社山王社諏訪抔とて大師勧受の社有 大師植給ふ下馬桜とて弐ヶ所にあり又唐渡の産 千年草とて外に生せぬ草ありて料理にして 不断寺中喰する也高野の万年草此山の千年 草とて名物なり其外宝物霊物多し本尊大日如 来阿弥陀如来釈迦如来の三尊は善無畏(センムイ)三蔵天丘 伝来の師にて大師此山開基以前ゟ此所に侍給ふ 尊像にて平生開帳あたわず七年の忌に当たりて 開帳有奇瑞多き霊像也聖徳太子作の地蔵行基 作の不動尊二王尊其外作仏多し中にも大師