能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 3

ページ: 3

翻刻

の□草刻社領三崎の郷昔は三千貫其頃は別当高勝 寺神主大宮司 猿芽(サルメ)氏の外社僧社人多ありしなり 中頃まて拾弐坊有て其跡有兵乱に中絶有其後 天正年中利家公諸堂御再興社領田地五町高直し 七拾五石也内廿五石御社領御修理料に除意有廿五石 は高勝寺廿五石は大宮司猿目氏配分也別当高勝寺は 天台宗にて講堂観音堂阿弥陀堂鐘楼客殿庫 裏建並て奥部の大寺也塔司安養寺小院とて有 当社宝物多し中にも源の義経  有し蝉おれ の笛あり是は、昔義経此沖にて難風にあひ此権現へ 祈り給ふに奇瑞ありて寄附有しとて外に高麗 笛一管有雪の織の袋に入縁起一巻を箱に入有其外 世々の帝の勅願所にして綸旨院宣あり毎歳八月 十五日十六日は祭礼にて十五夜は雑子■とて近■は言 ふにおよはす■十四日より男女集り過夜して賑敷き 事也其外祭礼多く略す惣して此御神躰は悪て 随伏諸難を除給ふ奇瑞多く諸国より歩 をはこ ふこと多し其外当社の事筆■こと尽しかたし