能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 32

ページ: 32

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山村は村つゝきなり御収納蔵有白山村へ九町有本馬拾二文 なりおかたとて古き百姓有又氏神を尻高の宮といふなり 此辺にて尻高といふ貝の大成か毎年八月朔日まつりにて あかる也神前に備る也白丸より長尾村へ拾壱丁あり 本馬拾五文長尾ゟ新保村へ十四丁本馬拾八文新保ゟ越後 村へ十五町本馬廿弐文今は新道有て拾町有越坂より 一ノ瀬村へ十五丁本馬廿文此一ノ瀬村は九十九の湾はてに あり又上市瀬とて拾町余山にあり又吹上とて越坂の 散村有山上に有て九十九潟を見落し風景類なし 此所は昔は天徳寺とて大寺有て今も六千坊経塚開山 塚天徳寺抔とて地名あり其頃弘法大師此所にて飽(ヒルケ) の箸をさし給へるか栄へて今 栢(カヤ)の大木弐本あり実 大にして右巻きにて名物也御上へあかる也又この 山続に峠といふ所あり宇出津小木真脇一ノ瀬への追分の 四辻也山中に有峠也熊野権現の大成宮森あり是一ノ瀬 村の氏宮也昔此所に行基菩薩開基の大寺あり七堂伽 藍にして行基山新善光寺と言しよし天正のころ 兵火の為に退転す今も石垣礎等其侭あり兵乱に