能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 41

ページ: 41

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若の御寺抔といへり山王権現疱瘡除の守り有霊験 あり中頃衆徒一起有て中絶ああり其後弘法大師住給ひ て真言宗となし諸堂再興漸く繁栄の地となし 又天正の頃兵火の為炎上して多の坊舎什宝縁起 も度々の兵乱におく也今は昔の百部一にもなき事也 今其時の旧跡残り脇の坊平野坊に宝蔵坊昌龍坊 上蓮寺延次行延時長国重清真顕吉吉延延吉抔 とて一起与力の筋目地名抔に残り有脊継(セツギ)とて城 跡あり其城主筋目とて五郎左衛門といふ百姓有衆徒多 あり所を山伏山とて今も不思義有山あり蝙蝠(コウムリ)の谷 内といふに人かくしの洞とてあり吹屋の谷内に行基 作の地蔵の石躰あり霊験有其外所々に旧跡残れり 又満泉寺村近し満泉寺とて真言宗有病(イホ)池とて あり弘法大師誓にて此水にて洗へは病落になり 此寺本尊薬師如来行基菩薩の作の霊像也又此木郎越 往来に弘法の井とて時長村行延村に一ヶ所宛ある 冷水也昔は拾町余の谷水汲運ひしをかなしみあた へ給ふ水といへり