能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 43

ページ: 43

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又栄孫とて百姓有宇出津へ行には下の長坂とて三拾町 の坂あり      夜深に此峠を通ふに    暮しも山明日も山よかんこ鳥 長坂の上手地蔵ゟ直に道あり右へ行は行延村梯尾坂 上へ出れは枩波への閑道也左へ行は田原へ弐町野へ出る也       山中より壱里拾弐町本馬六十八文軽尻四拾   宇出津       壱文人足弐十一文也 此宇出津は本町新町新村続き有て其支配違共皆宇 出津といへり三町にて家数四百軒余有昔は元宇出津 とて地名に成て四の浦辺にありし也今の宇出津の 地は天呑の城棚木の城の間に杉木原にて有しを両落 城先後間縁にて便より所なり今の地へ移りしを 次第に繁昌して国中一の四十■所にて毎歳春鯨抔 とり大猟至極の地也其外諸商人有間には数百艘の 船たへす問屋の座敷には数百の旅人不絶不断に市を なし夏冬の賑敷事国府にも増されり一国山奉行