能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 45

ページ: 45

翻刻

谷内にあり今は寺なく観音塚といふて昔は海鹿(イルカ)の 観音とて谷内へ入海し入鹿多集り大猟せし也今 地名に海鹿田蟹田抔としてあり此くわんおんは行基の作 にて中居へ盗み行しゆへ中居に海鹿多く取かと所に いへり今は六月七日祇園会の御旅所也両城山続き風 景也中にもいひすの端とて蛭子の御神社あり此辺 わけて風景也又上野柳田村抔へ行に上の長坂といふを とり本郷へ壱里九町有岩井へ壱里十町又は本郷村より 久田へ三拾三町有是は末は外浦上巻に記有          ■なる雪の道をたとりて      松風の音あらわれて雪の山        旅心とて師走市にふら〳〵と      年の瀬に我友もあり生海鼠かな 又宇出津より輪島へ当目越するは曽又村へ壱里卅四町 曽又ゟ当目村へ弐里十七町当目ゟ輪島へ三里住拾五町あり 此往来村々あり宇出津ゟ壱里に宇賀塚村とて有 昔は七堂伽藍の天台の大寺ありて此郷を寺領せしに 旧跡あり常連坊大蔵坊とて七坊の跡あり経塚