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コレクション: STAGE3

安政風聞集 上中下 全 - 翻刻

安政風聞集 上中下 全 - ページ 51

ページ: 51

翻刻

 起(おこ)りたりとも凌(しの覆)ぎ課(おふ)せんと見極(ミきハ)めて早帆(はやほ)を巻(まき)て碇(いかり)を下(おろ)し最早(もはや)    是より船(ふね)ハ出ず跡(あと)へも又 帰(かへ)し難(がた)し翌日(あす)ハ必(かな)らず差図通(さしづどほ)り乗廻(のりまハ)て    帰帆(きはん)あれと偽(いつハ)りて船 懸(かゝ)りし船頭ハ風を待(ま)四人の衆(しゆう)ハ海(かい)上の事 案内(あんない)   ならねバいふに任(まか)せ終(つひ)に其処(そこ)に夜を明(あか)すに翌廿五日にハ雨降出れバ    船頭ハ是幸ひと船を出さず終(つひ)に其夜に至(いた)ると果(はた)して彼の大風の    吹 起(おこ)りて船ハ既(すで)に覆(くつがへ)らんとす此時船頭申す様ハ存(そんじ)の外(ほか)に荒(あれ)つよし    各々方(おの〳〵がた)の御武運(ごぶうん)も早是(はやこれ)までと思ハるれど命限(いのちかぎ)りに働(はたら)き見んまづ船(ふな)  底(そこ)へ入給ひ神仏(しんぶつ)を念(ねん)じ給へと五十余人を引 纏(まと)ひ腰(こし)より腰へ縄(なハ)を通(とほ)    し若溺死(もしできし)なバ諸共(もろとも)なり必一人も死骸(しがい)を散(ちら)さバ此船頭が恥辱(ちじよく)なりと    其手当(そのてあて)をなし終(をハ)り稍(やが)て舟子(ふなこ)に力を添(そ)へ斯(かく)なせよ然(しか)なせぞと其(その)    働(はたら)き粉細身(ふんこつさいしん)なれバ何(いづ)れも究竟(くつきやう)の勝(すぐ)りし勇気(ゆうき)の御番衆(ごばんゆう)も      船にハ馴(なれ)ざる事なれバ皆恐怖(ミなきやうふ)して在(おハ)す中(さか)に播州ハ泰然(たいせん)として    斯成上(かくなるうへ)ハ此海(このうミ)の底(そこ)のミくつと成 果(はつ)ると覚悟(かご)あれと人々に示(しめ)し    自(ミづか)らハ只手(たゞて)を組(くん)て顔色常(かんしよくつね)の如くとなり斯(かく)する内に稍暫(やゝしハら)く船 揺(ゆれ)    止(とま)ると覚(おほ)ゆれバ船頭 息(いき)せき船底(ふなそこ)へ来り既(すで)に此船他(このふねた)の船の碇綱(いかりづな)に    乗懸(のりかけ)て打捨置(うちすておか)バ覆(くつ)がへらん其(その)碇綱を切捨(きりすて)んにハ切れ物無(ものなく)てハ    叶(かな)ひ難(がた)し御座中(ござちう)の内適(うちあつはれ)の業(わざ)物を借(か)し給へといふ故 中(なか)に覚(おご)えの切(き)    れ物(もの)なり是持行(これもちゆ)けと借(か)す人あり船頭 悦(よろこ)び走出(はせいで)つ自 身(しん)の腰(こし)に    縄(つな)を付(つけ)て海へざんぶと飛込(とびこミ)つ彼(かの)碇綱を斬捨(きりすつ)れハ此方(こなた)の船ハ其    はずミに吹走(ふきはし)らす事里 数(すう)を知(し)らず彼碇綱を引たりし船ハ其処(そこ)     にて覆(くつ)りしよし元来腰(もとよりこし)に綱(つな)あれバ船子(ふなこ)ハ是を引上(ひきあく)る其間(そのま)に漸(やう〳〵)    浦賀近(うらかちか)き処(ところ)へ船を吹寄(ふきよ)せらる内(うち)に風雨も追々静(おひ〳〵しつ)まり船頭も座(ざ)