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コレクション: STAGE3

安政風聞集 上中下 全 - 翻刻

安政風聞集 上中下 全 - ページ 52

ページ: 52

翻刻

 中(ちう)へ来り其 始末(しまつ)を委細(いさい)に咄(はな)しつ先(ま)づ無事(ぶし)なりしを祝(しゆく)せしよしなり  扨又江戸の屋敷(やしき)にハ廿四日の出船(しゆつせん)にて其日の内にも帰帆(きはん)あるへき  約定(やくちゆう)なりしが其沙汰(そのさた)なく廿五日の大風雨故扨ハ乗組(のりくミ)の方々(かた〳〵)ハ破船(はせん)  に及(およ)び給ひしならんと何(いづ)れも愁傷(しうしゆう)せさるハなく去(さり)ともとて家来(けらい)を  して海岸(かいがん)へ走(はし)らすもあり其心配大方(そのしんはいおほかた)ならず上(うへ)を下(した)へと騒(さハ)ぐもあり  しが廿六日の夕刻(ゆふこく)に浦賀 表(をもて)より飛脚(ひきやく)来り先ず別条(べつでう)なく上陸(しやうりく)のよし  告(つけ)たれハ死(し)したる者の蘓(いきかへ)るがことく落(おと)せしものを拾(ひろ)ひしことく何れも  悦(よろこ)び一方(ひとかた)ならす子(こ)を出した親父達(おやごたち)ハ再(ふたゝ)び流す嬉(うれ)し泪親(なミだおや)を出せし若(わか)  殿(との)はらハ直(たゞち)に催(もよほ)す悦(よろこ)び酒(さけ)手の舞足(まひあし)の踏所(ふむところ)も更(さら)に覚(おぼ)へぬ容(さま)なり  となん扨も何(いづ)れも上陸(しやうりく)ありて浦賀(うらが)よりして陸(くか)を帰(かへ)らる然(しか)るに彼の  一柳播州ハ跡(あと)に残(のこ)り□【一が脱か】旦乗(いつたんのり)て出たる船破損(ふねはそん)たりとも又 再度風波(ふたゝひふうは)に  逢(あふ)べきとハ思ハれねバ我(われ)ハ此船に打乗(うちのり)て海上を帰るべしとて終に  其船を漕(こぎ)出させ泰然(たいぜん)として帰府(きふ)あるよし実(じつ)に是ことハ播州が又々  例(れい)の強情(かうじよう)と同役衆も言ハれしが此度の動静(ふるまひ)強情ならず強勇(ごうゆう)共  言(いう)つべしと舌(した)を巻(まき)て誉(ほめ)られしよし昔朝鮮渡海(むかしちやうせんとかい)の節小西加藤の両  雄(ゆう)が風波を凌(しの)ぎ先懸(さきがけ)を競(きそ)ひたりしもすさまじけれど其頃ハまだ血  生臭(なまぐさ)き中に育(そだ)ちし人々なり今泰平の御代にて斯(かゝ)る剛気(がうき)の大将(たいしやう)有  も御武運(ごぶうん)長久の素(もとひ)たるべく実(げ)にも目出度頼もしく感涙止(かんるいとゞ)め兼るが  故に憚多(はゞかりおほ)きも帰り見ず賎(いや)しき書中に紀(しる)すになん扨又船頭の働(はたらき)ハ  是又 称(しよう)すに言葉なし只々 其名(そのな)を忘(わす)れたるハ予が過ち宜しねかし  ◯ 金瓶子(きんへいし)此風雨の後蕨宿(のちわらびしゆく)まで往(ゆか)れしが志村(しむら)の坂を下りてよりハ  戸田川の出水しば〳〵にて此辺 数多(あまた)の荒地(あれち)ありたる土地低き所