翻刻
水等流て福野の潟を経て此湊迄六里余流る
と也此川上に赤目の淵とて横穴ありて奥し
れす惣して此川筋又は潟縁等村々多し又堀枩
村は川尻より拾八町有本馬廿壱文是より内浦
大津村へ越る往還にて弐里半あり本馬八拾文
なり内浦ゟ金沢へのおふかた往来也又末吉村は
出村より拾町有手筒何某の廓跡あり今城主の
筋目とてありて盆中は灯籠の手向金沢御
家中 よりあるよし又此村中の橋爪に自
然石の地蔵有又百沼彦の神社立給ふ此村の源
助と云者は昔義経の宿まいらせて給わりし
とて太刀の小柄を取伝へりいかにも古き物の由
又堀枩村は玉田何某とて十村役あり此村は此
辺の駅にて能き村也
又山手に阿津見村とて有公領にて親右衛門とて
古き百姓あり則 祭【奈?】豆美姫の神社立給ふ又二
所宮村潟の此方也諸岡彦の神社立給ふ昔は