能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 30

ページ: 30

翻刻

水等流て福野の潟を経て此湊迄六里余流る と也此川上に赤目の淵とて横穴ありて奥し れす惣して此川筋又は潟縁等村々多し又堀枩 村は川尻より拾八町有本馬廿壱文是より内浦 大津村へ越る往還にて弐里半あり本馬八拾文 なり内浦ゟ金沢へのおふかた往来也又末吉村は 出村より拾町有手筒何某の廓跡あり今城主の 筋目とてありて盆中は灯籠の手向金沢御 家中   よりあるよし又此村中の橋爪に自 然石の地蔵有又百沼彦の神社立給ふ此村の源 助と云者は昔義経の宿まいらせて給わりし とて太刀の小柄を取伝へりいかにも古き物の由 又堀枩村は玉田何某とて十村役あり此村は此 辺の駅にて能き村也 又山手に阿津見村とて有公領にて親右衛門とて 古き百姓あり則 祭【奈?】豆美姫の神社立給ふ又二 所宮村潟の此方也諸岡彦の神社立給ふ昔は