翻刻
大社にて両郡にて神主社僧あり社領弐千石
なりし由境内広し此森茂りて近郷より見
へし故先は森村と云し由中比城地のことも
ありしとて馬場等あり或時社僧と社人元朝に
神前にて論仕出し刃場【傷?】に及て人死する事
多く此時宮転退す其時の社人の子孫とて
天神左近森兵衛抔とて有今に不思義あるは
正月十五日迄枩の中に小豆又着類よふなる物にも
赤き物を用ゆると家内中血になるのみか凶事
なり仍てかたく忌む也其時の社僧は弐里脇なる
徳田村と云に退き則森山とて真言宗六坊あり
惣名安養寺といふて今も寺領拾弐石余なり
是は利常公の御母君寿福院殿此所の御出生ゆへ
寺領ありし由此徳田村に徳田佐渡守とて城主有
しなり又此二所宮村は御預所と御私領とて有
御私領の中屋と云者の方に昔利家公御滞留あり
しとて其折戴し御脇刺抔伝へり此村の
晦日川の淵に其時の宮にありし鏡ありて水