能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 31

ページ: 31

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大社にて両郡にて神主社僧あり社領弐千石 なりし由境内広し此森茂りて近郷より見 へし故先は森村と云し由中比城地のことも ありしとて馬場等あり或時社僧と社人元朝に 神前にて論仕出し刃場【傷?】に及て人死する事 多く此時宮転退す其時の社人の子孫とて 天神左近森兵衛抔とて有今に不思義あるは 正月十五日迄枩の中に小豆又着類よふなる物にも 赤き物を用ゆると家内中血になるのみか凶事 なり仍てかたく忌む也其時の社僧は弐里脇なる 徳田村と云に退き則森山とて真言宗六坊あり 惣名安養寺といふて今も寺領拾弐石余なり 是は利常公の御母君寿福院殿此所の御出生ゆへ 寺領ありし由此徳田村に徳田佐渡守とて城主有 しなり又此二所宮村は御預所と御私領とて有 御私領の中屋と云者の方に昔利家公御滞留あり しとて其折戴し御脇刺抔伝へり此村の 晦日川の淵に其時の宮にありし鏡ありて水