能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 47

ページ: 47

翻刻

此辺を饒石川の郷といふゆへなり今は仁岸の郷 と書に宗祇方角抄に展転して書写のあや まりにておゐし川と假名付あり又錦川と云 もあやまりなり    若葉散る山下水は染ませの     にしき川とて見へ渡りけり 此哥にてしるへし聞の以にかよひたる言葉成 へし饒石川といへ共にしき川と見ゆること よめる哥也又或人此川を尋ねわひてよめる 哥に   今も猶妹にそうとき饒石川 所口 勤文    流れの末をたつねわひつゝ 此川の上に能き鮎あり又馬場村近し伊藤氏の 十村役あり又本誓寺とて東方浄土真宗の鳳至郡 一郡の触頭録所あり此寺昔は石動山門流の真言 宗なりしとて泰澄大師抔の什宝数多あり 東の山に仁岸石見守といひし人の城跡あり 又黒岩村に大なる堤あり