翻刻
此辺を饒石川の郷といふゆへなり今は仁岸の郷
と書に宗祇方角抄に展転して書写のあや
まりにておゐし川と假名付あり又錦川と云
もあやまりなり
若葉散る山下水は染ませの
にしき川とて見へ渡りけり
此哥にてしるへし聞の以にかよひたる言葉成
へし饒石川といへ共にしき川と見ゆること
よめる哥也又或人此川を尋ねわひてよめる
哥に
今も猶妹にそうとき饒石川 所口 勤文
流れの末をたつねわひつゝ
此川の上に能き鮎あり又馬場村近し伊藤氏の
十村役あり又本誓寺とて東方浄土真宗の鳳至郡
一郡の触頭録所あり此寺昔は石動山門流の真言
宗なりしとて泰澄大師抔の什宝数多あり
東の山に仁岸石見守といひし人の城跡あり
又黒岩村に大なる堤あり