能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 62

ページ: 62

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又此寺口より内浦穴水乙崎への往来は上使道にて 往還也道下より本市村にて馬次也本馬壱里 一町余本市ゟ荒屋村にて馬次也弐里弐十六丁荒 屋ゟ小又村へ壱里七町小又ゟ穴水へ壱里也本市より 荒屋の間内保村とてあり散村に毛屋といふ所 あり気邪(クヤ)大王権現あり此御神天丘磨伽佗国 より我国丹波の国へ飛来り給ふ御神なりしに 栄山和尚の瑞徳によつて此所へ跡を垂給ふ有社 地は道脇の田の中にあり色々奇瑞あつて 今の社地へ移し奉るとあり其時ゟ宮寺の子 孫とて百姓に丹波といふものあり惣持寺より 五俵宛扶持あつて今も宮の才許する也総 持寺鎮守の宮也又宮川とてあり此氏神は仁王 尊也則小名に仁王堂といふわきに願正寺とて 浄土真宗あり是も昔は天台宗にて色々古仏安 置あり又荒屋村に人隠しとて奥深き谷あり 原村に三郎左衛門とて利家公ゟ御扶持頂し山廻