能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 65

ページ: 65

翻刻

     円山より三拾四町本馬四十五文軽尻  縄又  廿七文人足十三文此村九ヶ所へ別れ      家数九十軒計有 此村も山里にありて秋の末は長井縄又とて 泥道にて悪敷堂坂とてあり坂のおりとに とふ坂橋とて長七間の橋有此辺より輪嶌の 海上を見落し春は桜秋は紅葉難所といへ とも詠にあかぬ所也川上半道計に別所谷村 とてあり此川縁に神明宮ありじゅう川中にまないた 石とてあり此石の上へ祭礼十一月十五日に鮭のうを あかりて死て流此魚を咋へは罹以病に成とい へり此事は山田龍大明神にもあり不思義にも 寄持【奇特?】なることなり此村に成隆寺とて法花宗あり 此村続き吼木村荒屋村貝抔村抔へ出申居穴水へ 出る也又瀧又村別所谷村続きなり専照寺とて 浄土真宗の大寺あり     此山道を越る折から歩行のまなら     さるをおもへは我もはや初老のしるし