翻刻!地震・災害史料

コレクション: 国文研地震

地震年代記 - 翻刻

地震年代記 - ページ 14

ページ: 14

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【「 」は矩形で囲われた文字】 有(あつ)て紀伊国(きいのくに)千里浜(ちさとのはま)の遠干潟(とをひかた)俄に陸地(くがち)になる事二十/余(よ)町 同七日/酉尅(とりのこく)【(刻)】に地震あつて富士(ふじ)の絶頂(ぜつちやう)崩(くず)るゝ事(こと)数(す)百丈「太平記」 「建武」元年八月廿七日/暁(あかつき)大地震同十二月十三日同前「光明天皇」「暦応」 元年七月十九日同前ゝ廿二日地震「観応」元年七月二日/申(さる)㐪【(亥の異体字)】両尅【(刻)】 地震/将軍墓(しやうぐんづか)鳴動(めいどう)する事以の外なり○同二年二月十九日大 地震/将軍墓(しやうぐんづか)又(また)鳴動(めいどう)す三月十七日/天変(てんべん)今夜(こんや)又地震四月 十一日/辰刻(たつのこく)同前「後光厳(ごくわうごん)天皇」「康安」元年六月廿日大地震/其以後(そのいご) 連綿(れんめん)と大地震す京/南都(なら)堂舎(とうしや)顛倒(てんどう)す以上「《割書:皇年代略|記頭書》」「延文」五年 六月大地震度々/火災(くはざい)もあり十八日よりはじまりて七月に至(いた)り てやまず淡路島(あはぢしま)津波(つなみ)人馬(にんば)不残(のこらず)死(し)す七月廿二日/雪(ゆき)ふり廿四日 山の如(ごと)く雪ふりて地震やまず「後小松天皇」「応永」九年春/彗星(はゝきほし) 「慶長」元年閏七月十二日/大地震(おほぢしん)土裂(つちさけ)水わき京伏見(みやこふしみ)の城屋敷(しろやしき)民家(みんか) 倒(たふ)れ破(やふ)れ死(し)人/数(かず)を知(し)らず大仏殿(たいぶつでん)崩(くづ)れ仏像(ぶつざう)も壊(くづ)れたり太閤(たいかふ) 往(ゆき)て御覧(ごらん)じ仏にむかひ叱(しかつ)てのたまはく仏像(ぶつざう)を安置(あんち)するは国家安(こくかあん) 泰(たい)のためなりしかるに大地震をとめる事あたはず万民(ばんみん)をくる しめ其身(そのみ)だに保(たも)つことをえす摧裂(くだけさけ)たるこそつたなけれ抑(そも〳〵)なにの 益(ゑき)かあると弓をひきて矢を射(ゐ)かけ給ふさて信濃国(しなのゝくに)善光寺(ぜんくわうじ)の仏(ほとけ)を 取(とり)よせ仏殿(ふつでん)に置(おか)せたまひぬ《割書:のちこの像をかへし別に|金仏をいさせ玉ふ》また御傍(おそば)の女中大かた 圧死(おされしに)て俄(にわか)に代(かは)りなかりければ京/伏見(ふしみ)大坂(おほさか)堺(さかい)等(とう)の遊女(ゆうぢよ)数百人を 召上(めしあけ)られ女中としてつかひたまふ「豊臣譜」「後水尾(ごみのを)天皇」「慶長」十九年十 月廿五日大地震「合運図」「寛永」四年正月十一日同五年同前「本朝年代記」 「明正天皇」「寛永」十年正月廿日同前/相模国(さがみのくに)小田原(をだはら)にて人馬(にんば)死(しす)る