翻刻!地震・災害史料

コレクション: 国文研地震

地震年代記 - 翻刻

地震年代記 - ページ 4

ページ: 4

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【「 」は矩形で囲われた文字】 地震年代記(ぢしんねんだいき) 太古神代(むかしかみよ)に速須佐之男命(はやすさのをのみこと)根国(ねのくに)へ罷(まかり)たまはんとて天照大御神(あまてるおほんかみ)の御許(おんもと)に 御暇乞(おいとまごい)のため高天原(たかまがはら)へ上(のほり)たまふ時(とき)山川(やまかは)こと〴〵く動(うご)き国土(くにつち)皆(みな)震(ふる)ふ 「古事記上巻」是(これ)地震(ぢしん)のはじめと云(いふ)べし 「允恭天皇(いんきようてんわう)」五年七月十四日 地震(ぢしん)「推古(すゐこ)天皇」七年四月廿七日 地動(ちうご)き舎屋(いへ)こと ごとく破(やぶ)るゝすなはち四方(しはう)に令(おほせ)つけられて地震(ぢしん)の神(かみ)を祭(まつ)らしめたまふ 「皇極(くわうきよく)天皇」元年十月八日 地震(ぢしん)して雨(あめ)ふる次日(つぎのひ)又地震しこの夜(よ)地震(ぢしん)して 風(かぜ)ふく廿四日夜中 地震(ぢしん)す「天武(てんむ)天皇」四年十一月大いに地動く○同六年六月 十四日大に地震動(ちしんどう)す○同七年十二月 筑紫国(つくしのくに)大に地震(ちふる)ひて地(ち)の裂(さく)る 事 広(ひろ)さ二丈 長(なが)さ三千 余(よ)丈(ちやう)村々(むら〳〵)の民家(みんか)多く仆壊(たふれくづ)るゝこの時 百姓家(ひやくしやうや) 一軒(いつけん)岡(おか)のうへに有(あり)けるが震出(ゆりいだ)されて外(ほか)の所(ところ)に遷(うつ)りながら其家(そのいへ)全(まつた)くして 壊(くづ)れず家内(かない)の者(もの)家(いへ)の処(ところ)のかはりしを知(し)らず翌朝(よくあさ)初(はじめ)て大におどろく 以上「日本書紀」○同十一年八月十二日大に地動(ちうご)く十七日 亦(また)地震(ちしん)す「類聚国史」 ○同十三年十月十四日 亥剋(ゐのこく)【(刻)】大地震(おほちしん)山 崩(くづ)れ河水(かはみづ)涌出(わきいで)諸国(しよこく)の官舎(やくしよ)民家(みんか) 寺社(じしや)の破壊(はかい)あげてかぞふべからず人民(ひと)六畜(ちくしやう)死傷(しにけが)多(おほ)し伊予(いよ)の温泉(おんせん)没(つぶ)れ 土左国(とさのくに)田苑(たはた)五十余万 頃(けう)《割書:百畝を一頃といふ|則五十余万町也》海(うみ)となる○同十四年十二月十日地震 西より発(はつ)す以上「日本書紀」「文武(もんむ)天皇」「大宝」元年三月廿四日 丹波国(たんばのくに)地震三日する 「元明(けんみやう)天皇」「霊亀」元年五月廿五日 遠江国(とほ〳〵みのくに)地震し山 崩(くづ)れ麁玉河(あらたまかは)【(天竜川)】雍(ふさが)り 数(す)十日を経(へ)て水出 敷智(ふち)長下(ちやうげ)石田(いはた)の三 郡(こほり)百七十余 区(むら)没(つぶ)れ苗(なへ)を損(そこな)ふ 翌(よく)二十六日 三河国(みかはのくに)地震し正倉(おかみのおくら)四十七 民家(みんか)やぶれおち入る「聖武天皇」「天平」 六年四月七日大地震 諸国(しよこく)の民家(みんか)壊(くづ)れ圧死者(おされしすもの)多く山 崩(くづ)れ川 雍(ふさが)り 地拆(ちさく)る事 勝(あげ)てかぞふべからず同九月廿四日地大に震ふ○同十六年五月