翻刻
【右丁】
こゝに紀伊(きい)の国 名草(なくさ)の郡(こほり)に安曇(あつみ)の安彦(やすひこ)
とて釣するあまの有けるか春ものとかに
うらゝかなる波にうかへる小船(せうせん)に棹(さほ)さして
沖(おき)のかたにこき出し魚(うを)をつるところに
にはかに北風吹おちて波たかくあかりつゝ
雪の山のことくなり安彦こゝちまとひて舟
をなきさによせんとすれとも風はいよ
〳〵はけしう吹なみはます〳〵あらう打
けれはちからなく風にまかせ波にひかれ
てみなとをさしてはせてゆくかくてゆく事
【左丁】
とふかことく一日二日とはするほとにい
つくとはしらすひとつの山にふきよせ
たり安彦すこしこゝちなをりてふねより
あかり山のていを心しつかにみわたせは
金銀すいしやうはきしをかさり草木の
はなも世にかはりきゝなれぬ鳥のこゑ
なにゝつけてもさらににんけんのさか
ひともおほえすこはそも九野(きうや)八 極(きよく)をへた
てし乾坤(けんこん)の外なるらんとあやしくおもひ
てたちやすらふ【立ったまま、ぐずぐずと事をのばす】ところに年のころはた