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#1
#2明治卅二年九月
【一段目】
●舳倉島水産調査 (一)
阿部松之進
予(よ)今回(こんくわい)舳倉島(めくらじま)#3水産調査(すゐさんてうさ)の命(めい)を受(う)け山根鳳至郡□#38
の一行に《振り仮名:加|□は》#39はり去月十五日 渡島(とたう)し専(もつぱ)ら同島(どう〳〵)に於
ける水族(すゐぞく)の調査(てうさ)に従事(じうじ)せり滞島(たいたう)十二日 其間(そのあひだ)《振り仮名:終始|しゞ□》#40
天候(てんこう)険悪(けんあく)にして出船(しゆつせん)能(よ)く実地調査(じつちてうさ)の目的(もくてき)を達(たつ)す
ること能(あた)はざりしと雖も聊(いさゝ)か同島(どうたう)に□(お)#41ける水産業(すゐさんげふ)
の一 班(ぱん)を知(し)ることを得(え)たり依(よつ)て玆(こゝ)に本紙(ほんし)の余白(よはく)を
藉(か)り当業(たうげふ)の諸氏(しよし)に紹介(せうかい)す
本調査(ほんてうさ)に際(さい)し大日本水産会(だいにほんすゐさんくわい)石川県(いしかはけん)報告委員(はうこくゐゝん)室
谷久平君が親(した)しく《振り仮名:該島|が□たう》#42に《振り仮名:渡航|と□う》#43し調査船(てうさせん)に乗込(のりこ)
み熱心(ねつしん)に調査上(てうさぜう)の《振り仮名:幇助|ほ□ぢよ》#4を与(あた)へられたり特(とく)に玆(こゝ)
に其労(そのらう)を謝(しや)す
(一)位置 本島(ほんたう)は北緯(ほくゐ)三十七度五十一分 東経(とうけい)百三
十六度五十五分に位(くらゐ)し輪島泊地を真北(まほく)に距(さ)る海上(かいぜう)
十八里 周囲(しうゐ)僅(わづか)に一里弱の一小島にして波濤(はとう)溟濛(めいもう)の
間(あひだ)に孤立(こりつ)す輪島泊地を抜錨(ばつべう)し針路(しんろ)を真北(まほく)に取(と)りて
進航(しんかう)すれば《振り仮名:漸次|□んじ》#5《振り仮名:海深|かい□ん》#44増加(ぞうか)し航行(かうかう)四 里許(りばかり)にして五十
九 尋(ひろ)の深(ふか)さに達(たつ)す是(こ)れより海深(かいしん)漸(やうや)く減少(げんせう)して五十
尋許となり更(さら)に約(やく)一 里(り)進航(しんかう)すれば七ツ島に達(たつ)す此
島は輪島を距(さ)る七里舳倉島を離る〻十一里と称(せう)す
る所なり此島(このしま)より北航(ほくかう)三 里許(りばかり)にして始(はじめ)て舳倉島を
認(みと)むべし此附近(このふきん)の《振り仮名:海深|かい□ん》#6は概(がい)して四十尋にして深(ふか)き
も五十尋を超(こ)えず是(これ)より再(ふたゝ)び三里許北進すれば七
十尋の深(ふか)さに達(たつ)す是(こ)れ輪島本島航路中の最深所な
り是れより本島(ほんたう)に近(ちか)づくに随(したが)ひ《振り仮名:漸次|□んじ》#45深度(しんど)を減少(げんせう)す
(二)海底及海水 本島(ほんたう)附近(ふきん)の海底(かいてい)は概(がい)して岩礁(がんせう)伏(ふく)
起(き)し間々殻礫を交(まじ)へ泥土(でいど)は甚(はなは)だ少(すく)なきが如し岩礁(がんせう)
は到(いた)る処(ところ)巉々菱を成(な)し歩(ほ)を移(うつ)せは則(すなは)ち忽(たちま)ち足趾(そくし)を
《振り仮名:噛|□》#7まる〻の感(かん)□#46り是等(これら)岩礁(がんせう)砂礫(されき)は鮑(あわび)栄螺(さゞえ)の栖息(せいそく)に
適(てき)するのみならす又(また)其(その)営養物(えいやうぶつ)たるえご、かぢめの
附着(ふちやく)に適(てき)せり海水(かいすゐ)は深藍色(ふかあゐいろ)を呈(てい)し清澄(せいてう)なり《振り仮名:𪉩分|えんぶん》#22甚(はなは)
だ強(つよ)く此重#8四度半を示す
(三)漁民 島内百五十許の民屋(みんをく)あり宛然(えんぜん)一の市街(しがい)
をなす海士町(あままち)の称(せう)あり是(こ)れ輪島町より渡来(とらい)する海(あ)
士(ま)の団体(だんたい)にして主(しゆ)として恵胡(えこ)、鮑(あわび)を採捕(さいほ)し以(もつ)て生(せい)
計(けい)を営(いとな)めり故(ゆえ)に本島(ほんたう)に於(お)ける漁権(ぎよけん)は全(まつた)く是等(これら)漁民(ぎよみん)
の専占(せん〳〵)に帰(き)せりと云ふも可なり然(しか)れども島内(たうない)に越(をつ)
年(ねん)するものなく時季(じき)を撰(えら)んで渡航(とかう)するに過(す)ぎず其
陰暦二月中旬に至れば《振り仮名:相率|あひゝ□》#47ゐて渡航(とかう)し主(しゆ)として海(の)
苔(り)を採取(さいしゆ)すること十数日間に亘(わた)る島俗(たうぞく)之(これ)をかやじま
と称(とな)ふ其後八十八夜に至れば再(ふたゝ)び移住(いぢう)し鮑(あわび)、恵胡
の採捕(さいほ)をなし秋(あき)の土用(どよう)に及(およ)んで帰航(きかう)す斯(かく)の如(ごと)く漁(ぎよ)
夫間(ふかん)には《振り仮名:相互|□うご》#9に盟約(めいやく)を存(そん)するありて随意(ずゐい)に渡島(とたう)し
或は密かに鮑、恵胡の《振り仮名:採捕|さ□ほ》#10を厳禁(げんきん)せるを以(もつ)て嘗(かつ)て
相犯(あひおか)すものなしと云ふ島内十六ケ所の井あり何れ
も多量(たれう)の水(みづ)を湧出(ゆうしゆつ)す《振り仮名:水質|するしつ》#37佳良(かれう)にして麗冷(れい〳〵)なるは驚(おどろ)
くに絶(た)えたり最(もつと)も水産物(すゐさんぶつ)製造(せいざう)に適(てき)す
(四)潮流 本島(ほんたう)は彼(か)の黒潮(こくてう)の一派なる所謂(いはゆる)対島海(つしまかい)
流(りう)の流域(りうゐき)にあるを以(もつ)て常(つね)に東北流即ち下り潮多く
上(のぼ)り潮(しほ)なる南西流(なんせいりう)は甚(はなは)だ稀(まれ)なり今(いま)此(この)二 流(りう)を対比(たいひ)す
るに一歳中の平均(へいきん)は殆(ほと)んど九と一との割合(わりあひ)なり寒
流にして《振り仮名:宗谷海峡|そうやか□けう》#48を経(へ)日本海(にほんかい)に入(い)るものなりと雖
も暖流(だんりう)の為めに其勢(そのいきほひ)を殺(そ)がれ流動(りうどう)甚(はなは)だ微なり其
他大陸と樺太島の峡間(けうかん)を南流(なんりう)して《振り仮名:日本海|にほ□かい》#14に入(い)る寒
流あれども大陸(たいりく)に接近(せつきん)して流(なが)る〻を以(もつ)て本島(ほんたう)には
直接(ちよくせつ)《振り仮名:影響|え□けう》#11を及ぼ#12さゞるもの〻如し
《振り仮名:潮汐|しほ□》#13《振り仮名:干満|みち□□》の差入(さにう)甚(はなは)だ少(すく)なく僅(わづか)に尺内外に過ぎず故
に潮汐の為めに海水(かいすゐ)の流動(りうどう)を促(うなが)すこと少なく常に下
り潮のみなり時(とき)に随風波流(ずゐふうはりう)を生(せう)じ西流(せいりう)は北より南
に向ふことありと雖も其(その)底流(ていりう)に至(いた)りては依然(いぜん)前の方
向に流る是れ本島(ほんたう)に於(お)ける海水(かいすゐ)の流動(りうどう)は前期(ぜんき)黒潮(こくてう)
の流勢(りうせい)に誘発(ゆうはつ)せらる〻を以てなり
(五)風位 四時の変遷(へんせん)によりて変化(へんくわ)し正確(せいかく)に之(これ)が
区別(くべつ)をなすこと難(かた)しと雖ども概(がい)して冬季(とうき)は西風(せいふう)即(すなは)
ち高下り多(おほ)く春季(しゆんき)に至(いた)り《振り仮名:漸次|□んじ》#15南西(なんせい)に偏(へん)し遂(つひ)に南風(なんぷう)
となる之(こ)れを若狭風又は真下りと称(せう)す此(この)西南(せいなん)の二
風は流動(りうどう)最(もつと)も《振り仮名:強烈|け□れつ》#16なるを以て常(つね)に怒濤(どたう)激浪(げきらう)を起(おこ)し
《振り仮名:往々|わ□〳〵》#17漁船(ぎよせん)を覆没(ふくぼつ)し恐(おそ)るべき惨状(さんぜう)を演出(えんしゆつ)することあ
り島俗(たうぞく)之(こ)れを人捕(ひとゝ)り《振り仮名:風|か□》#49と称(せう)し最(もつと)も《振り仮名:嫌忌|け□き》#50する所たり
《振り仮名:夏季|□き》#51に入(い)れば北風(ほくふう)即(すなは)ちあいと変(へん)じ風伯(ふうはく)又(また)暴威(ばうゐ)を《振り仮名:収|お□》#52
め海面(かいめん)静穏(せいおん)に復(ふく)し遠海(えんかい)に漁撈(ぎよらう)を営(いとな)むも断(た)えて危険(きけん)
【二段目】
の虞(おそれ)なきに至(いた)る秋季(しうき)よりは北西風(ほくせいふう)に変(へん)じ冬季(たうき)に至
りては再(ふたゝ)び西風(せいふう)に転(てん)ずるを常(つね)とす
(六)生物 本島(ほんたう)附近(ふきん)に栖息(せいそく)する水産生物(すゐさんせいぶつ)は頗(すこぶ)る饒(ねう)
多(た)にして其(その)《振り仮名:種類|□ゆるゐ》#18は大約(たいやく)左(さ)の如(ごと)し
魚類
硬鰭類 サバ、カツヲ、シビ、タヒ、スヾキ、イシ
ナキ、アヂ、カサゴ、ブリ、ヲコゼ、シイラ、タナ
ゴ、アラ、ハチメ、モダツ等
軟鰭類 イワシ、ヒラメ、カレイ、トビウヲ、アブ
ラメ等
哺乳動物
游水類 イルカ、クヂラ等
鰭脚類 アシカ(トヾ)
軟体動物
双鰓類 スルメイカ、アフリイカ、ヤリイカ、タ
コ類
双殻類 イカイ
腹足類 アワビ、トコブシ、サヾイ、ニシ、ジメ等
節足動物
甲殻類 エビ、カニ等
棘皮動物
沙噀類 ナマコ、カゼ、ヒトデ等
腔腸動物
多出珊瑚虫類 イソギンチヤク
海綿虫類 カイメン
蠕虫類 イワムシ
海藻類
紅藻類 ノリ、イギス、ツノマタ、テングサ、エゴ
ウミソウメン、ムカデノリ、トサカノリ等
褐藻類 モヅク、カジメ、ワカメ、ホンダワラ等
緑藻類 アヲサ、ウミジユヅ、アヲノリ、ミル等
(七)漁期漁法 以上(いぜう)は本島(ほんたう)に於(お)ける水産生物(すゐさんせいぶつ)の梗(こう)
概(がい)なり是(こ)れより其(その)重要物(ぢうえうぶつ)に就(つ)き漁期(ぎよき)《振り仮名:漁法|□□はふ》#19を述(の)ぶべ
し
とびうを
方言(はうげん)之(こ)れをあごと云ふ群泳(ぐんえい)最(もつと)も多(おほ)く巾四尋肩四十
尋を二十五尋に縮結(しゆくけつ)したる《振り仮名:剌細|さ□あみ》#20二 枚継(まいつ)ぎのものを
以て一回能く一万尾以上を《振り仮名:捕獲|ほく□□》#21することあり漁期(ぎよき)は
六月初旬より七月中旬に亘(わた)る背開(せびら)きとして《振り仮名:𪉩乾|しほぼ》#22し
多(おほ)く直江津(なほえつ)方面(はうめん)に輸送(ゆそう)す
さんま
方言(はうげん)さよりと云(い)ふ入梅(にふばい)の頃(ころ)より海深(かいしん)百 尋(ひろ)内外(ないぐわい)の沖(おき)
合(あひ)に群来(ぐんらい)し滞游(たいゝう)一ケ月間に及ぶ其群の大なるもの
は一里余の団塊(だんくわい)をなすことあり十二節百五十目掛長
二尺五寸許の投網(とうあみ)を以(もつ)て抄取(さしゆ)するの外(ほか)別(べつ)に漁法(ぎよはふ)な
しと雖も盛漁期(せいぎよき)は猶(なほ)能(よ)く二百余艘の漁船(ぎよせん)悉(こと〴〵)く満(まん)
載(さい)して帰航(きかう)することあり近年(きんねん)に至(いた)り頓(とみ)に此魚(このうを)の来游(らいゝう)
を減(げん)し復(ま)た前日(ぜんじつ)の多獲(たくわく)を見(み)る能(あた)はざるに至れり
もだつ
形状(けいぜう)たなごに類(るゐ)し稍(やゝ)長形(てうけい)なり胎生(たいせい)にして腹中(ふくちう)に胞(はう)
《振り仮名:嚢|の□》#53あり数十の《振り仮名:胎児|た□じ》#23を蔵(さう)し好(この)んで《振り仮名:海藻|□□もう》#24茂生(もせい)の《振り仮名:岩礁|がん□う》#54に
《振り仮名:群来|ぐん□い》#55すること四月中旬より六月下旬に亘(わた)る此時(このとき)を以
て《振り仮名:漁期|ぎ□き》#56とす《振り仮名:漁具|ぎ□ぐ》#57は十一節深十一尋打廻はし六十尋
の旋網を用ゆ之を使用(しよう)するには漁船(ぎよせん)二艘にして一
艘十一二人来組み一端より投網(とうあみ)し《振り仮名:終|をは》れば各船(かくせん)其(その)両(れう)
端(たん)を支持(しぢ)したる儘(まゝ)前方(ぜんぱう)より《振り仮名:水竿|すゐ□□》#58を以(もつ)て水面(すゐめん)を敲(たゝ)き
魚を駆逐(くちく)して網中(もうちう)に致(いた)し両端(れうたん)より繰(く)り上(あ)げて捕獲
す
たなご
此魚(このうを)の栖息(せいそく)又(また)頗(すこぶ)る饒多(ねうた)にして一網一回に二千余尾
の多獲(たくわく)を見(み)ることあり此網(このあみ)はたなご網(あみ)と称(とな)へ専(もつぱ)ら該(がい)
魚(うを)を捕獲(ほくわく)するに用(もち)ゆ其(その)構造(こうざう)は八節巾六尋長四十五
尋の旋網(せんもう)にしてもだつ網(あみ)の如(ごと)く漁船(ぎよせん)二 艘(さう)にて囲繞(ゐねう)
し魚を魚取部に駆逐(くちく)して撈ふるにあり海深六七尋
の所に於て多(おほ)く使用(しよう)す漁期(ぎよき)は春(はる)の彼岸(ひがん)より大凡五
十日間にして中十日間を盛漁期(せいぎよき)とす然(しか)れども此期(このき)
は恰(あたか)も海苔(のり)和布(わかめ)の採収時(さいしうどき)に際(さい)し婦女子(ふぢよし)と雖も一日
一円乃至五円の収穫(しうくわく)あるを以て此(この)漁業(ぎよげふ)は措(おい)て顧(かへり)み
るもの少(すく)なし
たい
沿岸(えんがん)には小鯛(こだい)《振り仮名:沖合|お□あひ》#60には真鯛(まだい)多(おほ)く黒鯛(くろだい)は殆(□とん)#25ど陰(かげ)を止
めず好(この)んで岩礁(がんせう)の間(あひだ)に接息(せいそく)#26し周年(しうねん)其跡(そのあと)を絶(た)つことな
しと雖も冬季(とうき)は水温(すゐおん)低下(ていか)するを以て沖合(おきあひ)の深所(しんしよ)に
移転(いてん)し春暖(しゆんだん)の候(こう)再(ふたゝ)び沿岸(えんがん)に来游(らいゝう)す此時(このとき)に於て多獲
あり漁法(ぎよはふ)は小鯛(こだい)にありては前記(ぜんき)たなご網(あみ)を使用(しよう)し
大鯛(おほだい)は夜間(やかん)曳縄(ひきなは)をなし昼間(ひるま)は竿釣を主とす是等一
本釣に要する餌料(えはれう)は総(すべ)て鮑(あわび)螺蠑(さゞえ)の内臓(ないざう)なり
ぶり
陰暦(いんれき)十二月の頃 群泳(ぐんえい)す此(これ)稚魚(ちぎよ)にして所謂(いはゆる)ふくらげ
なるもの四五月頃 非常(ひぜう)の団塊(だんくわい)をなして来游(らいゝう)すると
【三段目】
も別(べつ)に之(こ)れが漁法(ぎよはふ)を試(こゝろ)むるものなし
ふか
此魚(このうを)の游泳(いうえい)するもの亦(また)甚(はなは)だ夥(おびたゞ)し殊(こと)に秋季(しうき)を多(おほ)し
とす輪島町の人笠原某六七年前 縄漁(なはぎよ)を試(こゝろ)み成績(せいせき)良(れう)
好(かう)なりしも故(ゆえ)ありて廃絶(はいぜつ)し爾来(じらい)今日(こんにち)に至(いた)るまで此(この)
業(げふ)を企(くはだ)つるものなし
しいら
七月中旬より来游(らいゝう)し八月中旬に最(もつと)も多(おほ)し其七月頃
来游するものは大さ六七尺のものあれども八月に
入(い)れば漸次(ぜんじ)小(せう)となる前記(ぜんき)笠原某 鱶釣(ふかつり)の餌料(えはれう)に供(けふ)せ
んが為め該魚(がいうを)の漬木(つけ)を試(こゝろ)みしに好結果(かうけつくわ)を得たりし
も鱶縄業と共に《振り仮名:廃絶|□いばつ》#27に帰(き)せり
まぐろ
入梅(にふばい)の候(こう)とびうを〻追(お)ふて群来(ぐんらい)すれども嘗(かつ)て漁獲(ぎよくわく)
するものなし
かつを
陰暦(いんれき)九月 此魚(このうを)の大群(だいぐん)を見(み)れども地方(ちはう)帰航(きかう)に頻(ひん)せる
を以て漁撈(ぎよらう)を試(こゝろ)むるものなし
さば
七月中旬より群来(ぐんらい)し九月下旬に頗(すこぶ)る天秤釣(てんびんづり)を以(もつ)て
捕獲(ほくわく)す大漁(たいぎよ)の時(とき)は一人能く一千二三百尾を釣獲す
ることあり
いか
漁期(ぎよき)はさばと異(こと)ならず漁具(ぎよぐ)は専(もつぱ)ら一本釣にして共
餌を用(もち)ゆ
あわび
まがい、またか、めひらの三種ありまたか最も多く
まがい之れに次ぎめひらは少(すくな)し各(かく)海深(かいしん)によりて其(その)
栖所(せいしよ)を異(こと)にす即(すなは)ちまがいは六七尋の浅所(せんしよ)に多(おほ)く十
尋の深所(しんしよ)にはまたか多くめひらは深浅(しんせん)何(いづ)れにも能(よ)
く栖息(せいそく)す三種 共(とも)に形小且つ灰■色なるを以て明鮑
を製(せい)するに適(てき)せず之(これ)を捕(とら)ふるには漁船(ぎよせん)一 艘(さう)に大抵(たいてい)
蛋婦(あま)二人海士一人 乗込(のりこ)み鮑(あわび)の栖息場(せいそくぜう)に進航(しんかう)す既に
着すれば二人の蛋婦(あま)は水眼鏡(すゐがんけう)を掛(か)け裸体(らたい)の儘(まゝ)介起(かいき)
して腰(こし)にし一 躍(やく)海中(かいちう)に潜入(せんにふ)し海底(かいてい)に到(いた)りて撈取す
れば其儘(そのまゝ)海面(かいめん)に浮(うか)び採鮑(さいはう)を船中(せんちう)に収(おさ)め復(ま)た潜入(せんにふ)し
て捕(とら)ふ其(その)最(もつと)も熟練(じゆくれん)せるものは能(よ)く十五尋の深底に
達(たつ)すと云ふ海士(あま)は始終(しゞう)船(ふね)を操縦(さうじう)して風潮(ふうてう)の為め流(なが)
されざることに努(つと)む水眼鏡(すゐがんけう)は今(いま)より十五年前房州漁
夫の齎(もたら)せしに始(はじ)まり爾来(じらい)普(あま)ねく使用(しよう)するに至りた
るを以て大(おほい)に濫獲(らんくわく)の弊(へい)起(おこ)り現今(げんこん)にては周囲僅に三
四寸の稚介(ちかい)も之(こ)れを遺(のこ)さゞるに至(いた)れり島(しま)の周囲(しうゐ)は
一 帯(たい)に栖息(せいそく)すれども就中南面最も多く西方之れに
次ぎ東方及北方は少なし旧五月中旬より八月中旬
迄を捕採期(ほさいき)とす採鮑(さいはう)は殻皮を脱したる儘水一斗に
付食𪉩#22四升除#36を混(こん)じ能(よ)く沸騰(ふつとう)したるものに投入(とうにふ)一
時間許(じかんはかり)#29煮沸(しやふつ)して取出(とりだ)し縄(なわ)に貫通(くわんつう)して乾燥(かんそう)したるも
のをむしかいと称(せう)し輪島越中方面に出す其(その)製品(せいひん)極(きは)
めて劣等(れつとう)なり
えご
本島(ほんたう)に於ける第一の物産(ぶつさん)にして其(その)価格(かゝく)年々(ねん〳〵)に二万
円乃至四万円の上に出(い)づ例年(れいねん)夏(なつ)の土用(どよう)四五日前よ
り採取(さいしゆ)し旧七月初旬に終る之れを採収(さいしう)するには漁(ぎよ)
船(せん)一 艘(さう)に蛋婦海士各二人乗込み適当(てきたう)の場所(ばしよ)に達(たつ)す
れば蛋婦(あま)は腰部(えうぶ)に各(かく)一 条(でう)の縄(つな)を結付して之を船中
の海士に把持せしめ海中(かいちう)に潜入(せんにふ)して採取(さいしゆ)し四 肢(し)に
満抱(まんはう)するに及(およ)で腰部の網を曳き合図をなす此時船
中の海士は力(ちから)を極(きは)めて其網(そのあみ)を曳(ひ)き蛋婦を海中(かいちう)より
曳(ひ)き上(あ)げ投網(とうあみ)を以て採藻(さいもう)を船中(せんちう)に収(おさ)む海深(かいしん)五尋乃
至十五尋の所に於て採収(さいしう)す熟練(じゆくれん)なるものは一日能
く百五十貫を採取(さいしゆ)すと云ふ
本島(ほんたう)に於(お)ける重要(ぢうえう)魚介藻(ぎよかいそう)の捕採法(ほさいはふ)は以上(いぜう)列挙(れつきよ)する
如くにして而(しか)も其(その)饒多(ねうた)なるは実(じつ)に予想(よさう)の外(ほか)に出づ
然(しか)れども鮑(あわび)恵胡(えご)を除(のぞ)くの外(ほか)は熱心(ねつしん)に之れが漁獲を
努(つと)むるものなく副業(ふくげふ)として僅(わづか)に魚族(ぎよぞく)を撈取するに
過(す)ぎず之(こ)れ必竟(ひつけう)漁獲物(ぎよくわくぶつ)の処理法(しよりはふ)を知(し)らず主(しゆ)として
《振り仮名:粗製𪉩蔵|そせいえんざう》#22又(また)は乾製(かんせい)するに止(とゞ)むるを以て売価(ばいか)#30低廉利(ていれんり)
を見(み)ること僅少(きんせう)なるに因(よ)るなり故(ゆえ)に漁具(ぎよぐ)の如(ごと)きは規
摸小にして粗笨を極(きは)め一として見(み)るべきものなく
漁法(ぎよはふ)又(また)拙劣(せつれつ)なり只(たゞ)嘆賞(たんせう)すべきは彼等漁民の海中に
潜入(せんにふ)し錯(もり)#31を以(もつ)て突(つ)き取(と)ること大(だい)は鮫類(さめるゐ)より小(せう)はたな
ごに至るまで最(もつと)も巧妙(こうめう)なるの一事なり
(八)漁船 本島(ほんたう)漁民(ぎよみん)の使用(しよう)する漁船(ぎよせん)に二様あり一
【四段目】
は長五尋三尺乃至五尋一尺肩六尺四寸乃至六尺に
して之(これ)を漁船(ぎよせん)と称(とな)へ専(もつぱ)ら漁業用(ぎよげふよう)に供(けふ)し一は長六尋
四尺肩八尺内外のも#61にして之れをてんとうと称し
主(しゆ)として陸島間(りくたうかん)の航海(かうかい)に供(けふ)し間々(まゝ)漁業(ぎよげふ)に使用(しよう)す其(その)
搆造(こうざう)何(いづ)れも普通漁船(ふつうぎよせん)と異(ことな)な#32る所なく甲板を設けず
空気室(くうきしつ)の備(そなへ)なきを以て一たび船底(せんてい)を毀損(きそん)するか或
は舷側より海水(かいすゐ)の侵入(しんにふ)するあれば忽(たちま)ち沈没(ちんぼつ)するの
恐(おそ)れあり帆(ほ)の面積(めんせき)は船体(せんたい)に比(ひ)すれば《振り仮名:頗|すこ□》#62る広闊にし
て漁民(ぎよみん)の之れを操縦(さうじう)すること又(また)極(きは)めて巧(たく)みなり船具(せんぐ)
は概(がい)して粗雑(そざつ)にして艫櫂其他索具等に至るまで完
備せるもの甚だ少し
(九)有望事業 本島(ほんたう)に於(おい)て将来(せうらい)起業(ぎげふ)し有利(いうり)の望(のぞ)み
あるもの甚(はなは)だ多(おほ)し其(その)主(おも)なるもの漁撈に於ては鯛鮪
鱶の《振り仮名:延網|のべ□み》#33にして鮪■#35文網鰩魚剌網#34、青串魚旋網又
急施を要(えう)する事業(じげふ)なり鰤延網、鰹竿釣の業も望な
きにあらざれども此(この)漁期(ぎよき)は恰(あたか)も二百十日後に属す
るを以て荒天(くわうてん)多(おほ)く先(ま)づ漁船(ぎよせん)の改良(かいれう)を図(はか)らざれば安(やすん)
じて業(げふ)を《振り仮名:営|□とな》#63むこと能(あた)はず建網類の定設(ていせつ)は魚族(ぎよぞく)の群泳(ぐんえい)
より見(み)るときは有望(いうばう)なれども潮流(てうりう)急激(きふげき)なるを以(もつ)て
好果(こうくわ)を収(おさ)むること難(かた)かるべし製造業(せいざうげふ)に於(おい)ては鮑、鯛、
鯖、柔魚、鰤、鮪の缶詰(くわんづめ)を第一とし鰹、鮪、鯖の
節類より各種(かくしゆ)魚類(ぎよるゐ)の搾粕製造は有望(いうばう)の事業(じげう)たり島
民は是等魚類を悉(こと〴〵)く《振り仮名:𪉩蔵|えんざう》#22又(また)は素乾𪉩乾#22するに止む
るを以て利(り)を見(み)ること極(きは)めて少(すく)なし其(その)島民(たうみん)の製造(せいざう)に
係(かゝ)る《振り仮名:乾鮑|ほ□あわび》#64の如(ごと)きは頗(すこぶ)る粗製(そせい)にして形状(けいぜう)色沢(しきたく)風味(ふうみ)総(すべ)
て劣等(れつとう)なり故(ゆえ)に是等(これら)製造(せいざう)の改良(かいれう)を図(はか)るは目下の急
務にして其利(そのり)又(また)少(すく)なからざるなり其他(そのた)《振り仮名:𪉩漬品|しほづけひん》#22乾製(かんせい)
品(ひん)等(とう)に於(おい)て改良(かいれう)を施(ほどこ)し利益(りえき)を増進(ぞうしん)すべきもの多し
殊(こと)に風波(ふうは)の為(ため)海岸(かいがん)に流寄り堆積(たいせき)したるかぢめの如
き極(きは)めて夥多(くわた)なるものあれば之れを拾集(しうしふ)して沃度(ようど)
を採製(さいせい)するは又(また)有望(いうばう)の一 事業(じげふ)なり (終)
現代語訳
明治三十二年九月
舳倉島水産調査(一)
阿部松之進
私は今回、舳倉島水産調査の命を受け、山根鳳至郡長の一行に加わり、去月十五日に渡島し、専ら同島における水族の調査に従事した。滞島十二日間、その間終始天候が険悪で出船できず、実地調査の目的を達することはできなかったものの、いささか同島における水産業の一端を知ることができた。よってここに本紙の余白を借り、当業の諸氏に紹介する。
本調査に際し、大日本水産会石川県報告委員の室谷久平君が親しく該島に渡航し調査船に乗り込み、熱心に調査上の援助を与えられた。特にここにその労を謝する。
(一)位置 本島は北緯三十七度五十一分、東経百三十六度五十五分に位し、輪島泊地を真北に距る海上十八里、周囲わずかに一里弱の小島で、波濤溟濛の間に孤立している。輪島泊地を抜錨し針路を真北に取って進航すれば漸次海深が増加し、航行四里ほどで五十九尋の深さに達する。これより海深はやや減少して五十尋ほどとなり、更に約一里進航すれば七ツ島に達する。この島は輪島を距る七里、舳倉島を離る十一里と称する所である。この島より北航三里ほどで初めて舳倉島を認めることができる。この附近の海深は概して四十尋で、深くても五十尋を超えない。これより再び三里ほど北進すれば七十尋の深さに達する。これが輪島本島航路中の最深所である。これより本島に近づくに従い漸次深度を減少する。
(二)海底及海水 本島附近の海底は概して岩礁が伏起し、間々貝殻や礫を交え、泥土は甚だ少ないようである。岩礁は到る処険しく尖り、歩を移せばたちまち足指を傷める感がある。これら岩礁砂礫は鮑や栄螺の棲息に適するのみならず、またその栄養物であるエゴやカジメの付着に適している。海水は深藍色を呈し清澄である。塩分が甚だ強く、比重は四度半を示す。
(三)漁民 島内に百五十ほどの民家があり、宛然一つの市街をなしている。海士町の称がある。これは輪島町より渡来する海士の団体で、主としてエゴや鮑を採捕し、もって生計を営んでいる。故に本島における漁権は全くこれら漁民の専占に帰したといっても良い。しかしながら島内に越年するものはなく、時季を選んで渡航するに過ぎない。陰暦二月中旬に至れば相率いて渡航し、主として海苔を採取すること十数日間に及ぶ。島俗これを「かやじま」と称する。その後八十八夜に至れば再び移住し、鮑やエゴの採捕をなし、秋の土用に及んで帰航する。このように漁夫間には相互に盟約があって、随意に渡島し、あるいは密かに鮑やエゴの採捕をすることを厳禁しているので、かつて相犯すものはないという。島内に十六ヶ所の井戸があり、いずれも多量の水を湧出する。水質は佳良で麗冷なのは驚くに堪えない。最も水産物製造に適している。
(四)潮流 本島は彼の黒潮の一派である、いわゆる対馬海流の流域にあるので、常に東北流すなわち下り潮が多く、上り潮である南西流は甚だ稀である。今この二流を対比すると、一年中の平均はほとんど九対一の割合である。寒流で宗谷海峡を経て日本海に入るものであるといえども、暖流のためにその勢いを殺がれ、流動は甚だ微である。その他、大陸と樺太島の峡間を南流して日本海に入る寒流があるが、大陸に接近して流れるので本島には直接影響を及ぼさないもののようである。潮汐干満の差は甚だ少なく、わずかに一尺内外に過ぎない。故に潮汐のために海水の流動を促すことは少なく、常に下り潮のみである。時に随風波流を生じ、西流は北より南に向かうことがあるといえども、その底流に至っては依然前の方向に流れる。これは本島における海水の流動が前記黒潮の流勢に誘発されるためである。
(五)風位 四時の変遷によって変化し、正確にその区別をなすことは難しいといえども、概して冬季は西風すなわち高下りが多く、春季に至り漸次南西に偏し、ついに南風となる。これを若狭風また真下りと称する。この西南の二風は流動が最も強烈であるので、常に怒濤激浪を起こし、往々漁船を覆没し、恐るべき惨状を演出することがある。島俗これを「人捕り風」と称し、最も嫌忌する所である。夏季に入れば北風すなわちアイの風に変じ、風伯また暴威を収め海面静穏に復し、遠海に漁労を営んでも断えて危険の虞れがないに至る。秋季よりは北西風に変じ、冬季に至っては再び西風に転ずるを常とする。
(六)生物 本島附近に棲息する水産生物は頗る豊富で、その種類は大約左の如くである。
【魚類】
硬鰭類 サバ、カツオ、シビ、タイ、スズキ、イシナギ、アジ、カサゴ、ブリ、オコゼ、シイラ、タナゴ、アラ、ハチメ、モダツ等
軟鰭類 イワシ、ヒラメ、カレイ、トビウオ、アブラメ等
【哺乳動物】
游水類 イルカ、クジラ等
鰭脚類 アシカ(トド)
【軟体動物】
双鰓類 スルメイカ、アオリイカ、ヤリイカ、タコ類
双殻類 イガイ
腹足類 アワビ、トコブシ、サザエ、ニシ、シメ等
【節足動物】
甲殻類 エビ、カニ等
【棘皮動物】
沙嚢類 ナマコ、ウニ、ヒトデ等
【腔腸動物】
多出珊瑚虫類 イソギンチャク
海綿虫類 カイメン
蠕虫類 イワムシ
【海藻類】
紅藻類 ノリ、イギス、ツノマタ、テングサ、エゴ、ウミソウメン、ムカデノリ、トサカノリ等
褐藻類 モズク、カジメ、ワカメ、ホンダワラ等
緑藻類 アオサ、ウミブドウ、アオノリ、ミル等
(七)漁期漁法 以上は本島における水産生物の概略である。これよりその重要物について漁期漁法を述べよう。
【トビウオ】
方言でこれをアゴという。群泳が最も多く、幅四尋・肩四十尋を二十五尋に縮結した刺網二枚継ぎのものを用いて、一回でよく一万尾以上を捕獲することがある。漁期は六月初旬より七月中旬に及ぶ。背開きとして塩干しし、多く直江津方面に輸送する。
【サンマ】
方言でサヨリという。入梅の頃より海深百尋内外の沖合いに群来し、滞游一ヶ月間に及ぶ。その群の大なるものは一里余の団塊をなすことがある。十二節百五十目・掛長二尺五寸ほどの投網をもって掬取する外に別に漁法はないといえども、盛漁期にはなお能く二百余艘の漁船が悉く満載して帰航することがある。近年に至り急にこの魚の来游を減じ、また前日の多獲を見ることができないに至った。
【モダツ】
形状はタナゴに類し、やや長形である。胎生で腹中に胞嚢があり数十の胎児を蔵し、好んで海藻茂生の岩礁に群来すること四月中旬より六月下旬に及ぶ。この時を漁期とする。漁具は十一節・深十一尋・打廻し六十尋の旋網を用いる。これを使用するには漁船二艘で、一艘十一、二人が乗り組み、一端より投網し終われば各船がその両端を支持したまま前方より水竿をもって水面を叩き、魚を駆逐して網中に至らしめ、両端より繰り上げて捕獲する。
【タナゴ】
この魚の棲息もまた頗る豊富で、一網一回に二千余尾の多獲を見ることがある。この網はタナゴ網と称し、専ら該魚を捕獲するに用いる。その構造は八節・幅六尋・長四十五尋の旋網で、モダツ網の如く漁船二艘にて囲繞し、魚を魚取部に駆逐して掬うのである。海深六、七尋の所において多く使用する。漁期は春の彼岸より大凡五十日間で、中十日間を盛漁期とする。しかしながらこの期は恰も海苔・ワカメの採収時に際し、婦女子といえども一日一円乃至五円の収穫があるので、この漁業は措いて顧みるものが少ない。
【タイ】
沿岸には小鯛、沖合いには真鯛が多く、黒鯛はほとんど影を止めない。好んで岩礁の間に棲息し、周年その跡を絶つことがないといえども、冬季は水温低下するので沖合いの深所に移転し、春暖の候に再び沿岸に来游する。この時において多獲がある。漁法は小鯛にあっては前記タナゴ網を使用し、大鯛は夜間曳縄をなし、昼間は竿釣を主とする。これら一本釣に要する餌料は総て鮑・栄螺の内臓である。
【ブリ】
陰暦十二月の頃群泳する。これは稚魚で、いわゆるフクラゲなるもの。四、五月頃非常の団塊をなして来游するとも、別にこれが漁法を試みるものはない。
【フカ】
この魚の游泳するものもまた甚だ夥しい。殊に秋季を多しとする。輪島町の人笠原某が六、七年前縄漁を試み成績良好であったが、故あって廃絶し、爾来今日に至るまでこの業を企てるものはない。
【シイラ】
七月中旬より来游し八月中旬に最も多い。その七月頃来游するものは大きさ六、七尺のものがあるが、八月に入れば漸次小となる。前記笠原某がフカ釣の餌料に供せんがため該魚の漬木を試みたところ好結果を得たが、フカ縄業と共に廃絶に帰した。
【マグロ】
入梅の候にトビウオを追って群来するが、かつて漁獲するものはない。
【カツオ】
陰暦九月にこの魚の大群を見るが、地方帰航に忙しいので漁労を試みるものはない。
【サバ】
七月中旬より群来し九月下旬に頗る多い。天秤釣をもって捕獲する。大漁の時は一人でよく一千二、三百尾を釣獲することがある。
【イカ】
漁期はサバと異ならない。漁具は専ら一本釣で餌を用いる。
【アワビ】
マガイ、マタカ、メヒラの三種がある。マタカが最も多く、マガイこれに次ぎ、メヒラは少ない。各々海深によってその棲所を異にする。すなわちマガイは六、七尋の浅所に多く、十尋の深所にはマタカが多く、メヒラは深浅いずれにもよく棲息する。三種共に形小さく且つ灰色であるので明鮑を製するに適さない。これを捕らうるには漁船一艘に大抵海女二人・海士一人が乗り込み、鮑の棲息場に進航する。既に着すれば二人の海女は水中眼鏡を掛け裸体のまま貝起こしを腰にし、一躍海中に潜入し海底に到って撈取すれば、そのまま海面に浮かび採鮑を船中に収め、また潜入して捕らう。その最も熟練せるものはよく十五尋の深底に達するという。海士は始終船を操縦して風潮のため流されざることに努める。水中眼鏡は今より十五年前房州漁夫の齎らせしに始まり、爾来普く使用するに至ったので、大いに濫獲の弊が起こり、現今にては周囲わずかに三、四寸の稚貝もこれを遺さざるに至った。島の周囲は一帯に棲息するが、就中南面が最も多く、西方これに次ぎ、東方及び北方は少ない。旧五月中旬より八月中旬までを捕採期とする。採鮑は殻皮を脱したまま水一斗に付き食塩四升を混じ、よく沸騰したものに投入し一時間ほど煮沸して取出し、縄に貫通して乾燥したものを「むしかい」と称し、輪島・越中方面に出す。その製品は極めて劣等である。
【エゴ】
本島における第一の物産で、その価格は年々二万円乃至四万円の上に出る。例年夏の土用四、五日前より採取し、旧七月初旬に終る。これを採収するには漁船一艘に海女・海士各二人が乗り込み、適当の場所に達すれば、海女は腰部に各一条の縄を結び付けてこれを船中の海士に把持せしめ、海中に潜入して採取し、四肢に満抱するに及んで腰部の縄を曳き合図をなす。この時船中の海士は力を極めてその縄を曳き、海女を海中より曳き上げ、投網をもって採藻を船中に収む。海深五尋乃至十五尋の所において採収する。熟練なるものは一日でよく百五十貫を採取するという。
本島における重要魚介藻の捕採法は以上列挙する如くで、しかもその豊富なるは実に予想の外に出る。しかしながら鮑・エゴを除く外は熱心にこれが漁獲を努むるものはなく、副業としてわずかに魚族を撈取するに過ぎない。これは畢竟漁獲物の処理法を知らず、主として粗製塩蔵または乾製するに止まるので売価低廉で利を見ること僅少であることによる。故に漁具の如きは規模小さく粗笨を極め、一として見るべきものはなく、漁法もまた拙劣である。ただ嘆賞すべきは彼等漁民の海中に潜入し銛をもって突き取ること、大は鮫類より小はタナゴに至るまで最も巧妙なることである。
(八)漁船 本島漁民の使用する漁船に二様ある。一つは長五尋三尺乃至五尋一尺、肩六尺四寸乃至六尺で、これを漁船と称し専ら漁業用に供し、一つは長六尋四尺・肩八尺内外のもので、これを「てんとう」と称し、主として陸島間の航海に供し、間々漁業に使用する。その構造はいずれも普通漁船と異なる所なく、甲板を設けず空気室の備えがないので、一旦船底を毀損するか或いは舷側より海水の侵入があればたちまち沈没する恐れがある。帆の面積は船体に比すれば頗る広闊で、漁民のこれを操縦することもまた極めて巧みである。船具は概して粗雑で、艫櫂その他索具等に至るまで完備せるもの甚だ少ない。
(九)有望事業 本島において将来起業し有利の望みあるもの甚だ多い。その主なるもの、漁撈においては鯛・マグロ・フカの延網で、マグロ巾着網・エイ刺網・アジ旋網もまた急施を要する事業である。ブリ延網・カツオ竿釣の業も望みなきにあらざれども、この漁期は恰も二百十日後に属するので荒天が多く、まず漁船の改良を図らざれば安んじて業を営むことができない。建網類の定設は魚族の群泳より見るときは有望であるが、潮流急激であるので好果を収むること難しかるべし。製造業においては鮑・鯛・サバ・イカ・ブリ・マグロの缶詰を第一とし、カツオ・マグロ・サバの節類より各種魚類の搾粕製造は有望の事業である。島民はこれら魚類を悉く塩蔵または素乾塩乾するに止まるので利を見ること極めて少ない。その島民の製造に係る乾鮑の如きは頗る粗製で、形状・色沢・風味総て劣等である。故にこれら製造の改良を図るは目下の急務で、その利もまた少なからざるなり。その他塩漬品・乾製品等において改良を施し利益を増進すべきもの多い。殊に風波のため海岸に流寄り堆積したるカジメの如き極めて夥多なるものあれば、これを拾集してヨードを採製するはまた有望の一事業である。(終)