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コレクション: 小倉百人一首

小倉抄 - 翻刻

小倉抄 - ページ 20

ページ: 20

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函谷関ヲとをりたる心也 とても鳥よりさきに帰りたると仰られたるにも人はあ はぬとは云ましきゆるすましきそとの事也はかるともとは計事也相坂の関ヲこ越 る斗をはゆるすましき也 伊語世【こう読めるが意味不明】に逢事かたきと云も事外と云は非也 源氏に いつれかきへねならんたゝはかられ給へかしとあり夜をこめての五文字中ありゆる さしの志文字ゆるされましきとなけくじ也 為家のふかき夜の別といひて真木 の戸の明ぬにかへる身とはしられし 是は我思ひありて帰るをは人しらす明ぬさきに 別てかへるかといはんとなけく也                   左京大夫道雅    今はたゝ 伊勢斎宮わたりよりのほりて侍ける人に忍ひてかよひけるをおほやけ にきこしめしてまもりめなとつけてけれは忍ひにもかよはす成にけれはよみ 侍ける 是はおほやけの御沙汰に成たるほどにまうはやあひ侍らん事も なるましき程に此分と云事をせめて人伝ならて直に子細を今一度申入 たきとの心也     又或説には宗祇説也 三条皇女前斎院に 道雅の宮通露顕して消息たヱての歌と也 私此事正説也                  権中納言定頼    朝ほらけ 人丸武士の八十うち川の――  是は人の氏か多といはんとての八十也網代木 は魚をとる物也聞えたる躰也河へにたえ〳〵あらはれたる躰也網代の眺望 也晴間の稀なる躰たえ〳〵にあらはれつかくれつする躰也師説に 人丸の 武士の八十うちをふまへての歌と也 ほの〳〵とあかしの浦の歌 におとらぬ也世間の 躰也其理をしれと云心何かとるへき事もなくすつへき事もなき也                  相模 《割書:相模守大江公 資(すけ)女 又公資妻にし|か侍従と云し人 入道一品宮 女房》    うらみわび 此歌は片思なれば袖とほさぬさえ悲しきに又名まて朽はてさせん は弥おし きと云心也奇特なる詞也 源氏ににくからぬ人ゆへにはぬれぎぬもきま ほしきといひたるはひとしい人との事也袖こそくちんと思ひしに それはまたあるに 名は朽はてんと也相思はぬと云事は歌の面にはみえぬと云か恨侘にて聞えたり                  大僧正行尊     もろともに  大峰にて思ひかけす桜の咲たりけるをみてよめる 花をも我ならてみる物も  なし又我も花ならては友とする者なき程にもろ友を衣と思へとの事也