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【右丁上段】
ふ見よ当時愛国有志は悉く父母妻子に/離(はな)れ家を棄て身を/擲(なけう)ち或
は甘じて獄に/繋(つな)かれ又は刀下の鬼となり此の開明の基を/築(きづ
)きた
るにあらずや然るに吾々か今日にして此の収穫見ずんば将た
何の面目あつて先の有志即吾々か朋友の/霊(れい)を/慰(ゐ)せんや
又た後世子孫の代に至り今日の吾々を評して如何の語
を下すや必す吾々か/不注意(ふちうゐ)を/責(せ)め/歎声(たんせい)を発するに至る
や/疑(うたがひ)なし実に/勉(つと)めすんはあらさるなり幸に我か大輔
の如き/熱心(ねつしん)党ありて吾々を/鼓舞(こぶ)し/頻(しき)りに農工商/衰頽(すいたい)の
挽回を謀り吾々も亦た一昨年以来昼夜を別たす/孜々勉(しゝべん)
/励(れい)すと雖とも/曩(さき)に国事に/斃(たを)れたるものに比すれは亦た
大に/耻(はづ)る所あり
偖日本の不景気を回復するは決して難きに非らす各/勤(きん)
/勉(べん)して毎人一日弐厘六毛を/積(つ)むときは全国に於て一年
四千万円に至り三ケ年には即ち一億弐千万円の/巨額(きよがく)に
/達(たつ)すへし今日我国の国力は一億弐千万円に過きす左れ
は僅に三年の/貯蓄(ちよちく)にして已に国力に恰当すへき数年の
久しき之れか貯蓄に従事せは我国/富強(ふうきやう)/幾干(いくばく)そや今日世
人の云ふ所皆資本あれは事業を/興(おこ)し資本あらされは改
良する能はすと之れ何事そや資本は尚肥料の如し/譬(たと)へ
【右丁下段】
は肥料あれは耕すへし肥料あらされは耕すも/益(えき)なしと
なすか如し実に無精神と云はさるへからす/畢竟(ひつきやう)今日の
/衰頽(すいたい)は此の/無精神(むせいしん)即ち不注意より来■せ■/結果(けつくわ)なり今
其注意の一例を/挙(あ)くるに一時間に為すへきことを半時間
に為す又た一時間に十銭の利ありしも/注意(ちうゐ)以て同時間
に十五銭乃至二十銭を得る亦た甚だ難きに非さるなり
豈に/勉(つと)めさるへけんや 未完
〇前田大書記官 同書記官には去る一日当地晴嵐亭の/旅(りよ)
/館(くわん)を/発足(はつそく)後武生へ/着(ちやく)せられその旅館畳屋へ同郡長は申す
におよばず/近傍(きんぼう)村々の戸長ならび市中有志者百名ばかり
を/招集(せうしう)せられ一場の/演説(ゑんぜつ)あり茶をも/喫(きつ)せられず直ちに出
立せられたるが当県庁よりは塚本庶務課長伊藤勧業課長
の二氏随行して見送られたり聞くところに拠れは南條郡
河野浦より/乗船(じやうせん)して敦賀へ出でそれより滋賀県へ入られ
たる由序に訂す前号本県令には武生まで見送られしと記
したれども是は全くの/誤聞(ごぶん)にて当朝晴嵐亭にて別を叙で
られしとの事