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コレクション: STAGE5

安政見聞録 上 - 翻刻

安政見聞録 上 - ページ 14

ページ: 14

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否(ひ)を訊(と)ひ。わが家(いへ)へ帰(かへ)り来(きた)りしは。はや明(あく)るに程近(ほどちか)し。于時(ときに)その妻(つま)に示(しめ) していふやう。今宵(こよひ)所〻(しよ〳〵)を馳廻(はせまは)りしに。大(おほ)かたは家潰(いへつぶ)れ。火災(くわさい)に罹(かゝ)りて難儀(なんぎ) するもの。幾千人(いくせんにん)といふを知(し)らず。その中(うち)にはいと哀(あは)れに。見受(みうけ)たる者(もの)もあり。 今(いま)より飯(めし)を焚(たき)候へ。持出(もちいで)て施(ほどこ)さん。と米(こめ)は炊(かし)けど釜(かま)小(ちひ)さくて。思ふがまゝには 至(いた)らねど。是(これ)を握(にぎ)り飯(いひ)となし。いかにして持出(もちいで)ん。と家内(かない)を見るに器(うつは)はあら ず。米(こめ)を炊(かし)く桶(をけ)こそよけれ。と縄(なは)もて縛(くゝ)しその端(はし)を。首(くび)にかけてその中(うち)へ。 握(にぎ)り飯(いひ)を盛(もり)て持出(もちで)つゝ。或(ある)ひは道路(だうろ)に轉(まろ)び倒(たほ)れて。詮方(せんかた)なげに見ゆる者(もの) 等(ら)に。かの飯(いひ)を与(あた)へければ。涙(なみだ)を流(なが)し手(て)を合(あは)して。歓(よろこ)ぶこと限(かぎ)りなし。かの武(ものゝ) 士(ふ)も諸共(もろとも)に随喜(ずゐき)の涙(なみだ)を流(ながし)ながら。夫〻(それ〳〵)に与(あた)ふるから。僅(わづか)ばかりの握(にぎ)り飯(いひ)。今(いま) は残(のこ)りなくなりにけり。猶道路(なほだうろ)に呻吟(さまよふ)もの。幾百(いくひやく)といふ限(かぎ)りもあらず。何(なに) とぞ渠等(かれら)にも與(あたへ)んとおもへど物(もの)のあらざれば。力足(ちからた)らざるを。獨憂(ひとりうれへ)て。立(たち)【乱丁のため、以下の本文はコマ二十四の左側に続く】 【これより左側の本文はコマ十二の右側から続く】 斯(かく)てあるべきにあらざれば。頓(やが)て棺(ひつぎ)を整(とゝの)へ。香華院(ぼだいしよ)へ送(おく)りしとなん  評(ひやう)していはく婦人(ふじん)の志(こゝろざし)。丈夫(ぢやうふ)にも猶倍(なほまさ)れり。始(はじ)め駭(おどろ)きて前後(ぜんご)を顧(かへり)  みず。身(み)を以(もつ)て逃(のが)れ出(いで)たる。常人(じやうじん)の情(じやう)といふべし。然(しか)るに姑(しうとめ)の見えざる  に駭(おどろ)き。震動(しんどう)を懼(おそ)れず破壊(はゑ)したる。家(いへ)に駈入(かけい)りてこれを負(お)ひ。其(その)  災害(さいがい)を避(さけ)んとせしに。不幸(ふかう)にして非命(ひめい)に死(し)す。後(のち)にこれを評(ひやう)すらく  始(はじ)め逃(にぐ)るとき。諸共(もろとも)に伴(ともな)ひたらば。この難(なん)はあらざるべきに。その時(とき)  これを忘(わす)れしは。至孝(しいかう)といひがたし。と是(これ)その理(ことわり)は然(さ)ることながら。変(へん)に  臨(のぞ)みて動(うご)かざるは。賢人君子(けんじんくんし)の上(うへ)にこそあらめ。男子(なんし)といへども常人(じやうじん)  の。いかで一心不動(いつしんふどう)ならん。況(いはん)や女子(によし)に於(おい)てをや。この婦(ふ)のごときは至孝(しいかう)と。  称(しよう)すとも過當(くわたう)ならじ。たゝ|怪(あや)しむ斯(かく)のごとき。志(こゝろざし)はありながら。僅(わつか)ニ三  歩(ほ)の間(あひだ)にして。死(し)を免(まぬか)るゝこと能(あた)はざるは。実(じつ)に天命(てんめい)といふものならん