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コレクション: STAGE5

安政見聞録 上 - 翻刻

安政見聞録 上 - ページ 20

ページ: 20

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場(ば)へ持(もち)ゆき。筵(むしろ)を敷(しき)て其処(そこ)に居(を)れり。同僚(なかま)もまたこゝへ来(き)て。居(を)るもの 總(すべ)て三四|個(にん)。さま〴〵の雑談(ざふだん)に。はや戌刻(いつゝ)も過(す)ぎ亥刻(よつ)も近(ちか)づく。しかれ どもさせることなし。この夜(よ)天色(てんしよく)暖(あたゝか)にして。寒冷(かんれい)にあらざれとも。時(とき)これ 十月の初(はしめ)なれば。久(ひさ)しくこゝに居(を)るに堪(たへ)ず。老夫(おやぢ)に騙(だま)されし心地(こゝち)して。 我部屋(わがへや)に帰(かへ)るもあり。または大(おほい)にこれを信(しん)じて。いまだ夜半(よはん)にもおよ ばぬを。心短(こゝろみじ)かく帰(かへ)ることかは。と猶(なほ)こゝに居(を)るもあり。兎角(とかく)する間(ま)に夜廻(よまは) りの。柝(へうしぎ)ははや亥刻(よつ)なり。この時(とき)天色(てんしよく)朦朧(もうろう)として。半天(なかぞら)に雲(くも)覆(おほ)ひ。星(ほし)の 光(ひか)り近(ちか)く見(み)ゆ。老夫(おやぢ)は猶(なほ)四方(しはう)を視(み)やり。物(もの)もえいはず独点頭(ひとりうなづく)。かゝる折(をり) から旋風(つじかぜ)の。暴(にはか)に落(おと)すが如(ごと)き音(おと)して。大地(たいち)忽地(たちまち)鳴動(めいどう)なし。四辺(あたり)の草木(そうもく) 波(なみ)のごとく。屋舎(をくしや)の崩(くづ)るゝ音耳(おとみゝ)を貫(つらぬ)く。老夫(おやち)は偖(さて)こそと筵(むしろ)の上(うへ)に。聢(しか)と坐(ざ) して俯(うつふ)き居(ゐ)たり。暫時(ざんじ)ありて動揺(どうえう)静(しづ)まり。老夫(おやぢ)を始(はじ)め円居(まとゐ)しものども。 徐〻(しづ〴〵)とたち出て。荘内(やしきうち)を見巡(みめぐ)るに。或(ある)ひは家(いへ)の潰(つぶ)れし方(かた)あり或(ある)ひは桁落(けたおち) 梁(うつばり)をれて。これに圧(おさ)れ死(し)するもあり。また手|足(あし)を摧(くじ)かれて。死(しに)もやらず 《ルビ:㗲|うめ》くあり。子は親(おや)を索(たづ)ね親(おや)は子を。喪(うしな)ひて泣叫(なきさけ)ぶ。そのさま更(さら)に目も あてられす。奥(おく)はいかにと行(ゆき)て見(み)るに。是(これ)また大に崩(くづ)れ損(そん)じて。往べき 方(かた)へはえもゆかれず。火爐(くわろ)には物(もの)の覆(おほ)ひかゝりて。既(すで)に火の燃(もえ)んとする にぞ。老夫(おやぢ)は同僚(なかま)にかくと告(つげ)て。水(みづ)を汲来(くみきた)りこれを消(け)し。まづその恙(つゞか) なきを得(え)たり。かくて後(のち)この家(いへ)の主人(しゆじん)。このことを聞(きゝ)て老夫(おやぢ)を召(め)し。汝何(なんぢなに)と てこれを知(し)る。実(じつ)に汝(なんぢ)なかりせば。この家(いへ)忽地(たちまち)焼土(せうど)とならんを。火を鎮(しづ)め 荘内(やしきうち)を見廻(みまは)りしこそ功績(いさを)なれ。と投多(あまた)の褒美(ほうび)を賜(たま)はりければ。老(おや) 夫(ぢ)はこれを謝(しや)していふやう。下僕(やつがれ)卑俗(ひぞく)凡夫(ぼんぶ)にして。いかでか天|地(ち)の変(へん)を 知(し)るべき。但(たゝ)しこの身(み)不幸(ふかう)にして。若年(じやくねん)より今(いま)に至(いた)り。かゝる地震(ぢしん)に三度(みたび)