みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE5

安政見聞録 上 - 翻刻

安政見聞録 上 - ページ 22

ページ: 22

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あひぬ。下僕(やつがれ)は元越後(もとゑちご)の国(くに)。三條(さんでう)の生(うま)れにて。去(い)ぬる文政(ぶんせい)十一年 三十(みそぢ)ばかりに なりけるが。大地震(おほぢしん)ありて。家潰(いへつぶれ)れ。死(し)するもの数(かず)をしらず。下僕僥倖(やつがれさいさひ) にその難(なん)は。免(まぬ)かれけれど。失火(しつくわ)に遭(あひ)て。家財農具残(かざいのうぐのこ)りなく焼失(やきうしな)ひ詮方(せんかた) なくて迷(まよ)い出(いで)。隣国(りんごく)なる信濃(しなの)へゆき。こゝに月日を送(おく)る程(ほど)に。弘化(こうくわ)四年二月に至(いた)り。 またかの国(くに)大 地震(ちしん)あり。折(をり)しも善光寺如来(ぜんくわうじによらい)の開帳(かいちやう)。いと賑(にぎ)はしくて国々(くに〳〵)より 参詣(さんけい)の人。夥(おびたゝし)く。こゝに集会(つどひ)たるもの故(ゆゑ)に。即死怪我人多(そくしけがにんおほ)かりしは。人の皆知(みなし) る所(ところ)。さてその節(とき)も僥倖(さいはひ)に。恙(つゞ)なくてそれより後(のち)。江戸(えど)へ来(きた)り年久(としひさ)しく。御(ご) 恩(おん)を蒙(かう)ふり候なり。然(しか)るに最初(さいしよ)三 條(でう)にて。大 震(しん)にあひしとき博識(ものし)る人 のまうししには。凡(およそ)大地震のあるときは。天 色朦朧(しよくもうろう)として空近(そらちか)く。星(ほし)の光(ひか)り常(つ子) に倍(ばい)す。また温暖(あたゝか)なるもの也。と聞(きゝ)たるを今(いま)に忘(わす)れず。毎夜空(まいよそら)をうちながめ。星(ほし) 常(つ子)のごとくなれば。心(こゝろ)を安(やす)んじて候ひしが。信州地震(しんしうぢしん)は二月にて。彼国別(かのくにわき)て寒気(かんき) 強(つよ)きに。この頃(ころ)すべて温暖(あたゝか)なるさへ。常(つね)には変(かは)ると存(ぞん)せしに。その前夜より星(ほし) の光(ひか)り。殊(こと)に大きくして昻参(ばうしん)【左ルビ:スバルヲマタギ?】の中(うち)の小星(せうせい)。俗(ぞく)に糠星(ぬかぼし)と唱(とな)ふるものも。鮮明(あざやか)に 見ゆるのみか。鳶舞(とびま)ひ鴉噪(からすさわ)ぎ立(たち)。雉子(きゞす)声を和(かわ)すことあり。都(すべ)てこれ地震(ぢしん)の 兆(てう)と。親(した)しき人にもこれを告(つげ)。竊(ひそか)に准備(ようい)なしけるが。果(はた)してその翌晩(よくばん)に。大地震 のなしけれど。准備(ようい)せしまゝ怪我(けが)もなさず。されどまた此処(こゝ)にても。家財尽々(かざいこと〴〵)く 失(うしな)ひぬれば。詮(せん)方なくて江都へ出ぬ。思ふに老若数(らうにやくかず)を尽(つく)して。死したる中(うち)に 恙(つゝが)なきは。全(まつた)くその前 兆(てう)を。聞(きゝ)おきたる故也と。夫(それ)より後(のち)はいよ〳〵 信(しん)じて。空(そら)を候(うか) がはざる夜とてもあらず。然(しか)るにこの一両日。また地震の兆ある故。其当否(そのたうひ)は存ぜね ど人〻にも告(つげ)たりしが。卑賤(ひせん)の者のいふことゝ。侮(あなど)り給ひし人〻は多く過(あやまち)給ひけり。また 夫を信ぜし人はみな恙なく在(おは)するこそ。下僕(やつがれ)が歓(よろこ)びなれ。といひたりしかば主人(しゆじん)は 聞て野夫にも功の者ありとは。当(まさ)にこれらの事なるべし。と大に歎息(たんそく)せられしとなん