翻刻
凡例
○此書(このしよ)は元来(くわんらい)我子孫(わがしそん)をして。忠孝義(ちうかうき)を励(はげ)まさんが為(ため)に。近曽(ちかごろ)見聞(けんもん)する
所(ところ)を挙(あげ)て。敢(あへ)て信偽(しんぎ)を問(とふ)ことなし。尤(もつとも)定(たし)かなる条(くだり)に至りては。住所(ぢうしよ)姓名(せいめい)の
明(あきら)かなるも。これを著(あらは)さゞるものは。遺憾(ゐかん)なきこと能(あた)はねども。当時(たうじ)現存(げんぞん)の人の上
にて。憚(はゞか)りなきにあらざれば。たゞ某(それ)の町(まち)の辺(へん)。某(それ)とのみ記(しる)したり。這(こ)はその人(ひと)に
用(よう)あらず。その行状(ぎやうじやう)と志(こゝろざし)とを述(のべ)て。少年(せうねん)を諭(さと)すまでなれば也。また画(ゑ)を多く加(くは)へしは。
幼童(えうどう)の常(つね)に愛(めで)て。閣(さしおく)ことをせざるか為(ため)のみ。諸君(しよくん)の賢覧(けんらん)に備(そな)ふるならず
○巻中(くわんちう)に去(い)ぬる文政(ふんせい)天保(てんほ)度(ど)の凶災(きようさい)を出(いだ)しゝは。安政(あんせい)見聞(けんもん)の意(い)に差(たが)
ふといへども。因(ちなみ)にこれを録出(ろくしゆつ)し。近世(きんせい)のことを知(し)らしめんとて也。その餘(よ)いと〳〵
古(ふる)き世(よ)の。事(こと)をさへ載(のし)たるも。みなこれと同意(どうい)なり
作者再識
安政見聞録(あんせいけんもんろく)巻之上
○地震(ぢしん)の弁(べん)
それ地(ち)は四囲(しゐ)に穴(あな)ありて相通(あひつう)ず。譬(たとへ)ば蜂(はち)の巣(す)の如(ごと)く。また菌(くさびら)の
弁(べん)の如(こと)しとなん。斯(かく)て水火(すゐくわ)の気(き)その中(うち)に伏(ふく)し。火気|舒(のび)んとするに。
水気(すゐき)に推(おさ)れて舒(のぶ)ること能(あた)はず。人の転筋(こむらがへり)の如し。この時(とき)に至(いた)り。火気
は陽(やう)にして剛(つよ)き故。水|気(き)の陰(いん)を突破(つきやぶ)りて発(はつ)す。因(よつ)て大地(たいち)震動(しんどう)するに
至(いた)るとぞ。この理(り)天にある時(とき)は雷霆(らいてい)に斉(ひと)し。こをもて北極(ほつきよく)の地(ち)の
如(ごと)きは。大(おほい)に寒(かん)じて熱(ねつ)を生(しやう)ずること能(あた)はず。また赤道(せきだう)の下(もと)は大陽(たいやう)の為
に勝(まさ)れて散(さん)じ易(やす)くしかも息(いと)ふ。因(よつ)て各(おの〳〵)震(ふる)ふこと少(まれ)なり。温暖(うんだん)石(いし)多(おほ)
き地(ち)は。下(しも)に空穴(くうけつ)ありて熱|気(き)吹入(ふきい)り。冷気(れいき)の為(ため)に接歛(せつれん)極(きは)まるときは
大に震(ふる)ふ。その甚(はなはた)しきに至(いた)りては。地裂(ちさ)け山(やま)陥(おちい)り。江河(こうか)逆(さかしま)に流(なが)るの類(るい)。