翻刻
《ルビ:災害|さいがい》極(きは)まりなきに及(およ)ぶ。凡そ天地 間災変(かんさいへん)の尤(けやけき)もの。地震(ぢしん)に勝(まさ)る
ものなし。和漢古昔(わかんいにしへ)よりこの患(うれ)へ。史(ふみ)に見えたる所挙(ところあげ)て数(かぞ)へがたし。然(しか)
れども史(ふみ)にはたゞ大 地震(ぢしん)。人民牛馬多(じんみんぎうばおほ)く死(し)することのみ載(のし)て。其精(そのくはし)
きをいはざれば。今(いま)これを察(さつ)するによしなし。近来越後三條(きんらいえちごさんでう)の地震
及(およ)び。文政(ぶんせい)の度京師(どけいし)の地震(ぢしん)。天保の度 信州(しんしう)の地震 《ルビ:等|とう》は。年(とし)を去(さ)
ること甚遠(はなはだとほ)からずといへども。その伝聞(でんぶん)する処区々(ところまち〳〵)にして。その精(くは)しきを
知(し)りがたし。嘉永の度東海道(どとうかいたう)の地震(ぢしん)は。至(いたつ)て近(ちか)きことながら。それを
語(かた)る人によりて。大(おほい)に差(たが)へることあれば。伝聞極(でんぶんきは)めて定(さだ)かならず。たゞ 人(にん)
馬(ば)の圧死或(えんしある)ひは炎焼(えんせう)の本設(ほんせつ)を聞(きゝ)て。その変異(へんい)の広大(くわうだい)なるを察(さつ)する
のみ。然(しか)るに大江戸(おほえど)は地震甚稀(ぢしんはなはだまれ)にして。折節小動(をりふしせうどう)ありといへども。屋(をく)
瓦(ぐわ)を堕(おと)すにいたらず。俗(ぞく)にいふ江都は掘抜(ほりぬき)の井と称(しよう)する多(おほ)し。故(ゆへ)に地(ち)
気常(きつね)に散(さん)ず。こゝをもて大震(たいしん)あることなし。と人大(ひとおほい)に安堵(あんど)せり。然(しか)るに去(きよ)
年(ねん)安政ニ 丁卯(ひのとのう)。十月二日の夜亥(よゐ)の刻過(こくすぐ)る頃(ころ)。暴(にはか)に大 地震動(ちしんどう)して。殿(でん)
舎(しや)を破(やぶ)り民屋壊(みんをくくづ)れ倒(たほ)るゝのみにあらず。八方(はつはう)より燃出(もえいで)て。暗夜(あんや)も宛(さな)
然白昼(がらはくちう)の如(ごと)く。三十 餘箇所(よかしよ)の失火(しつくわ)。黒烟天(こくえんてん)を焦(こが)し。民家(みんか)の男女 梁(うつばり)に
打(うた)れ。或(ある)ひは棟垂(むなぎたる)木に圧(おさ)れ。あるひは土庫(ぬりごめ)の壊(くづ)るゝに当(あた)りて。死(し)するもの
数(かず)をしらず。適命全(たま〳〵いのちまつた)きも。物(もの)に挟(はさま)まれて出(いづ)ることを得(え)ず。親族(しんぞく)その傍(かたはら)に
ありて。扶(たす)【「け」が脱落ヵ】んとすれど力(ちから)たらず。火爓須臾(くわえんしゆゆ)に近(ちか)づくに及(およ)び。これを救(すく)ふ
に遑(いとま)なく。看為(みす〳〵)〻〻|活(いき)ながら猛火(みやうくわ)に燔(やか)れ。忽(たちまち)に灰燼(くわいじん)となること。憐(あはれ)むべきの
甚(はなはだ)しきなり。思ふにこの凶変(きようへん)に遭(あふ)て。或(ある)ひは圧(おさ)れ死(し)し或ひは焼(やか)れ死し。或は
手足(てあし)を折(を)りて廃人(はいじん)となるもの挙(あげ)て算(かぞ)へがたし。これ各(おの〳〵)悪(あく)人にあらざれ
ども時(とき)の難(なん)に罹(かゝ)りて非命(ひめい)に終(をは)る。敢(あへ)て善悪の差別(けぢめ)を問(とは)ず。この時(とき)に