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翻刻
予か伯父なるもの本所清水橋にありこの伯父に使るゝ
林右衛門といふ者近所の事なれは当時十軒川へゆきて
見たるまゝをうつし来つる也この小児の亡からは柳島の辺り
なる何かし寺に葬りしといへり
著作堂主人のしるされし双生合体といさるも違はす
それは文化の酉のとし是は文政酉の年年はかはれと一
周の同支にあたりて同物の異形あらはれしは尤奇といふ
へしよりてこゝに追記す 文宝堂しるす
文政酉九月兎園会
京 角鹿比豆流
【ここよりOCRのまま】
組徠翁のなるへしを難せしものにひなるへしと
いふありこはわか都人富士谷成章かけるものに
て自序ありをころなにはなる高芦やか梓
にせしよりやく世に行なはるゝことにはなりにたり
さるをいかなる故にや此本に成章か名をあらはさす
かつ其自序をもはふけり余終に世人の知ら
一さらん事をゝしみて其序文をこゝにかゝるゝ
荻生先生のなるへしといふみかゝれたるかありとは【ここまで】