能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

仁行村四ヶ村に当屋ありて賑敷祭礼也神主 は山崎氏にて興徳寺村にあり又興徳寺村に大寺 の跡あり興徳寺坂とて往来にあり此寺は梅山 和尚開基惣持寺近門の寺なりしに禅宗より 中比改宗あり所口へ移り浄土真宗興徳寺則 是なり西方院家にて一国の触頭の録所なり 併所口興徳寺は金沢ゟ引越の寺といへりいかにや 又本口村に九兵衛とて百姓有古き印物等伝へり 長家抔よりの書物有又往来ゟ少し山手に石体場 村とて有昔泰澄大師七村山粉川寺へ山上の時 石に休み給ふ腰懸石あり今も小名にわけて 石休場と言なり又此村領の内に神田山とてあり 黒瀧とて有川中に俎飯(マナイ)岩俎箸岩庖丁岩とて あり山神此所にて鮭(サケ)太郎といふものを料理す るといへり其外神田山は昔長者あつて宝を納 しとて金の鶏の諷ふ事あり此色をきけは仕 合よしといへり惣して此辺は郷士の筋目とて数 多あり