能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 3

ページ: 3

翻刻

大屋庄小屋の《見せ消ち:添|湊》とは此所也又東鑑に能登の国 土屋の庄へ長谷部の信連を遣すとあり又源平 盛衰記にも能登の国大屋の庄を信連に賜るとあり いつれにも其比は此輪嶋は信連の領地にて則爰 に卒しありし也廟所は河井町川向の山岸 村の中比十村役せし遠藤氏《見せ消ち:田|旧》地の中にあり盆中 は長家より代参燈籠の手向等あり則城跡は 同続き宅田村といふにあり今も地名に一番町 抔とてあり城下の時氏神住吉宮抔有其後に 城地も穴水へ移せしと也     親の《見せ消ち:溙|湊》へ漂ひ来て   《見せ消ち:【艸冠に径の漢字】|藻》や水によるへの咲ところ 鳳至郡大屋の庄にて川の西にありて家数三 百軒余あり河合町村は河原《見せ消ち:田|田》の郷にあり川 の東也家数五百軒余有間に長四拾八間の橋あり て町々の境とす此川源は市坂村奥山より一筋 なかれ其外所々谷水落いりて熊野川とも河原 田川ともいへり鳳至川と合流て湊は数百艘の