翻刻
手にあるなり此村に北嶋明神宮とて大社あり
境内広く能き社頭なり懿徳天皇延暦元年
ゟ鎮座と縁記に有社地を天津山といふよし海
際より十四五町有昔平大納言時忠卿の此辺左遷
の時帰路の事を此社へ祈り給ふとて天国作の
宝に一振り中宮御産の時の子かへりのたま
又時忠卿奉納の哥に
能登の国きくもいやなりすゝの海
また吹もとせいせの神垣
其外宝物有神主亀山氏にて開帳あるへし
又此村に国政末政とて百姓あり此末政方に昼は
石にて夜は光る玉なり夜光の珠といひ伝へ
り
片岩より壱里三町本馬五十文軽尻
大谷 三十壱文人足拾五文家数弐百軒斗
近郷の大村なり
此村は昔平大納言時忠卿左遷の地にて其旧跡
色々有船着し所を郷(ゴウ)の間とて有其時鳥一羽