能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 53

ページ: 53

翻刻

任せられしなり義則 ̄ニ至迄六代七尾ノ城主なり 又狼煙新村は寺家へ行往来にあり能き百 姓あり     もはや此国の五十里の■に来れは   神子島山なくなりて海はかり 又三崎の山伏山とて此国五十里のとまり北のはて にある高山なり是は過半狼煙村の領なり 元は鈴ヶ嶽といへり渡海の船難風出合三崎 権現に祈るに火見ゆる也夫より山を見て難を のかる事也よつて狼煙の名あり此山を廻れは 三崎権現也今は大寺ゟ夏中山の半途に大なる 灯明堂ありて一夜に油壱升燈心布三尺宛 渡りて渡海のたすけとなし給へり誠に此山は 海中五十里指出る尾に有高山にて其上枯木も 覆て渡海の見当となる山也又此山を山伏山と いふに色々いわれ有日野中納言資朝卿の一男阿新 丸父の仇を射て佐渡の沖にて追手かゝり 難義に及しを三崎権現幼年の孝心を憐み