能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 6

ページ: 6

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重蔵ともいふとあり又十輪地蔵の垂跡により 輪嶋といふよし中比迄両部習合の社にて諸堂 建《見せ消ち:并|並》尤七堂伽藍にて其比国守畠山氏ゟ社領田地 七町八段《見せ消ち:奇|寄》附社頭修理あり社人社僧多あつて 神林寺西園寺仏躰寺観音寺とてありしに天正 の比石動山衆徒と与力せしにより不残利家公四ヶ 寺とも焼払給ふより《見せ消ち:と|今》は地名にのみ残りあり 漸神主能登氏下社家の筋目神人とて川合町 に四十八人神主壱人残りあり其後も長家より 手伝有て社頭修理あり又々繁栄して時々の 神事不絶又社地の廻り数百間高石垣也 笠原氏《見せ消ち:奇近|寄進》にて今も修覆有当社宝物あり 御璽(ミシルシ)明鏡とてあり唐鞍とてあり毘神大王 行安の大太刀弘法大師の大般若同作の仏像多 し兆典子(テウテンス)画る十三仏一軸其外色々有略す浅香 久敬書る処の縁記あり尚社祭年中七拾余度 あり中にも大乗両度有毎歳二月七日は神人 四十八人の当屋あり町氏子にも壱人宛五十才上