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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 21

ページ: 21

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 広くせはやと宣へとも四方皆大川にてしかも北に洞島ノ渕  鱸碞東に太布ヶ渕篭ヶ渕知寄なと云底もなき渕有レは  及ふ所にあらす云ことあるにて其古の有様をおもふへし按るに  地検帳に東は海詰テとあれは今の本町の堀詰ゟ東は海にて  有しを追々に築かれて新田となされ又其新田を埋られて  今のことく市街となし新町は寛永十三年の開基同丁東足  軽町は下知又其後の築立なれは去冬の震も極て重(ツヨ)かりつゞく江ノ口  潮江も同断也此両在所は震の時地裂て泥水を吹出せし事  他に勝れたりしは上に抄出したることきの土地柄なれは成へし    再云洞島ノ渕は今の瑞応寺の辺又鱸碞も其辺辺に在    知寄は今の下知也古は上知寄下知寄といひしとの伝説也    【上の書込み】     又云田渕田の中を東石井留に     流れ出たる井溝を今も     チヨリと云田渕半ゟ     東は今も下地の支配也 ○郭中并上市中又は山岳の地は堅固なるゆへにや古キ家蔵は  破損も有つれとも失火もなく死人もなきは震軽キ故也有  地検帳にいへる大高坂の御城廻り西は新市鹿穴と有レは  下市中のことく新築地にあらさることしられたり   再云今新市ノ鹿ノ穴といふ所失たり古老の伝説に今の   本丁四丁五丁むかしは萱原にて兎狩なとせし所と   いふされは其原中には鹿ノ穴と号し来れる岩穴なとも   有し事にや 御入国の後開発せられ街となしぬれは   今其所をしるものは有ましきなり