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【枠内タイトル】
《割書:伊豆下田|小田原 箱根》大地震之図(■ほぢしんのづ)
【文左へ】
夫天地不時の震動は陰陽混じて雷雨となる地にいるときは
地しんをなす□神きのおうごにもこれをおさむる事かたし頃は嘉永
嘉永七年十一月四日四つ時よりよる九つ時すぎ迄相州豆州駿州
甲斐の国大ぢしんべつして相州小田はら大久保加ゞの守様御城下
万丁本丁板ばしれうし丁通り青もの丁すどを丁はら丁
御城かどやぐら町家ともおほくそんず東は田むら川
へんはぎの山中御ぢん屋大久保ながとの守様
御れうぶん陶綾郡神戸井と大いそ宿そが野
中むらへん金子すゝ川みのけかすやいせ原子やす
大山へん大住郡どうりうごんげん様このきんへん
十五ケ村は百間または百五十けん二百けん
村〳〵にわづか家二けんほど残りせき本は
五百けんほど村にて二百けんほどこのきん
へん□□□上むら谷むら早川いしばし山
ふたご山はこねごんげんさま御社内同所
湖水あふれ出さいのかはら大いにくづす
ならびに同所ゆもと七ケ所こと〴〵く
わうらい三日とまるはこね山中人馬
ともにうつまり三日ほどほりいださんと
せしがいでず此へんにて人馬のそんし
おふくあり豆州三しまぬまづ水野
ではの守様御じやう下きんごうきんざい
原よし原いはぶちかん原ゆ井おきつ
江じり府中のまち〳〵在々ともに
人家のそんじかず知れずふじ野
すそ通りたけ下三くりや御てんば
これより甲州ぐんない上の原さるはし
西ごほり市川かぢ川沢身のぶ山御山この辺
山々大にくづれ北は愛甲ごほり三ます川
村そんずつく井ごほり青のはらとうし川
□□ねづみ坂はし本へんよし野小はら
せき野へん又豆州ねぶ川
石きれ老若男女そく死
【右中】
小田原御城櫓損じ
箱根山大いに
そんじる
【右下枠内】
頃は十一月四日五つ半時より伊豆下田
大地しん大津なみにて大ひにそんじ
宮寺ゆりたをし大つなみ
にてながされふないおゝいに
あれるせんすうあまたなん
せんとうせんなんせんいたし
あまた人おほくそんじ誠に
せんたいみもんなきしだいなり
くわしくゑづめんにしるしひら
がなにてかきしるす