翻刻
城主不明。天正年間家康築きたりといふ。
八 名 郡 之 部
嵩(す) 山(せ) 城
所在地 八名郡石巻村嵩山
永禄五年、今川氏の被官奥山修理亮貞範の居城たり。今川氏眞、三浦右衛門佐の讒言を信じ、
同年七月、庵原安房守忠胤、小原藤五郎鎮宗等を将とし、三千余騎を添へ、貞範を攻めしむ。
貞範此事あるを知り、城兵を木戸口に備へ、矢砲を放ち打つて出で、寄手を追ひ立て防戦し、
敵の死傷三百名に及べり。然れ共俄の籠城なれば、糧食乏しく、後詰の頼もなければ、城の保
ち難きを思ひ、城兵七十四人を従へ夜、中山を越え、間道より落ち去りければ、翌日今川勢人
なき城を乗取りたり。
宇 利 城
所在地 八名郡八名村字利
熊谷備中守直盛の居城たりしが、享禄二年、松平清康、右京亮親盛、其弟内膳正信定に三千余
人の兵を添へて大手の大将とし、自らも三千余人を率ひて、搦手の山上に登り、大挙して攻め
寄せたり。備中守能く防ぎ、一時寄手を敗りたるも、城門を押破られ、防戦の術なく、遂に城
を捨てゝ遁れ落ちたり。
和 田 城
所在地 八名郡和田村
古代和田民部居住す。後永禄年中渡部久左衛門其子図書之助浄、孫山城守茂こゝに居城す。
照 山 城
所在地 八名郡賀茂村
城主不明。二葉松に山本勘介此所に出生、天正十八年より池田家臣戸倉四郎左衛門住すとあり。
石 巻 城
所在地 八名郡神郷村(石巻山半腹)
石巻源太其子隼人北條氏綱に仕へてこゝに居住すといふ。
高 井 城
所在地 八名郡高井村